No.073 暗闇と薄明と 類つく
少年は、全て呑み込まされてしまいそうな暗闇が嫌いだった。夜が来る度、膝を抱えながら暗闇に怯えた。淋しく淋しくて震える自分を抱き締めた。真っ暗闇が怖くて、怖くて部屋中の灯りを点けながら眠った。
いつからだろう?
暗闇が怖くなくなったのは
いつからだろう?
幸せな気持ちさえ抱く様になったのは___
夜中に目が覚めて__暗がりの中類の手はつくしを捜す。いつもと変わらぬ温もりに安堵して起き上がり、ほんの少しだけカーテンを開けば、月光が彼女の顔を照らし出す。
「ふっ」
類は、愛おしい人を見つめて柔らかく微笑む。汗で額に貼り付いた彼女の髪をそっとはらう。つくしは幸せな夢でも見ているのだろう、月明りの中で笑ってる。幸せそうに眠るつくしの顔をもっと見たくて。
シュッ マッチを一本する。
つくしが微笑んでいる姿が見える。
類の大好きな笑顔がマッチの炎でよく見える。
側に居て見守るだけのつもりだったこの笑顔。傷ついたつくしを抱き締めた日__この笑顔を守るためなら俺は全てを敵に回して構わないと決心した。
シュッ 二本目のマッチをする。
閉じた瞳を見つめる。
長い睫毛が翳りを作っている。
「ねぇねぇ、見て見て」
ニコヤカに笑いながら俺の名を嬉しそうに呼ぶ。好奇心と優しさに溢れたつくしの美しい瞳を思い出す。
クルクルと楽しそうによく動く瞳。つくしの瞳の輝く光を消さないため類は彼女の盾になる。
シュッ 三本目のマッチをする。
薄紅色の唇を見つめる
「類、愛してる」
愛を囁いてくれる可愛い唇。
マッチを灰皿に置き彼女の唇を指先でそっと撫でる。愛が切ない程に溢れ出してくる。
「ぅぅーん、もうお腹いっぱい」
つくしが洩らした声に彼は思わず微笑んだ。
今直ぐギュッと抱き締めたい思いにかられるけれど……
起こしてしまうのは可哀想で……そっと口づけだけを唇に残す。
マッチの小さな灯火が消え、月明りだけの暗闇が再び戻って来る。
つくしの幸せそうに眠る顔をもう一度見つめてから、カーテンを閉じる。
真っ暗闇が再び訪れる。でも彼はもう怖くない。
暗闇の中で最愛の人を想う幸せを知っているから。
類は目を瞑り再び眠りにつく。
つくしの温もりと共に幸せな思いを抱えながら。
*-*-*-*-*-*-*-*-*
かたわれ時、つくしは目を覚ます。
隣りに手を伸ばし類の温もり安堵し幸せを感じる。
薄明の中にぼんやりと浮かぶ類の顔を見て
「類、愛してる……いつもいっぱいの愛をありがとうね」
ほんの少し生えた髭を慈しむように触れながら、愛し愛される喜びをそっと伝える。
長い睫毛に縁取られた今はまだ開かぬ双眼を見つめ薄明を楽しむ。
「未だにこの瞳に見つめられるとドキドキしちゃうんだよね」
くすりと笑って睫毛に触れた。
薄明が少しずつ明かりを増していけば……整った唇の形が浮き彫りになっていく。
「つくし、愛してる」
愛を囁き未来を語ってくれる唇。
唇の輪郭を描くように指先で緩やかになぞり
ありったけの愛を込めてそっと唇を重ねた。
パチリッ 類が目を覚ます。
二人の視線が絡み合い微笑み合う。
薄明が曙光に変わっていく。
闇も光も全てあなたと居れば愛おしい。
そんな一日が始まる。
「夜のパリ」 ジャック・プレヴェールをイメージに。


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