No.077 50/50 司つく
朝が始まる。
「髪型 ヨシッ!」
「服装 ヨシッ!」
「顔 う〜ん 今日も可愛い ヨシッ!」
ニッコリ姿見の前で笑って「行ってきまーす」大きな声で叫んで家を出た。
オンボロ自転車に跨がって「いざ行かん!」
何をそんなに気合い入れてるかって?
戦いよ戦い。
うんっ?何との戦いかって___
それ聞く? 聞いちゃうんだーー?
「牧野————」
コレコレ、あたしの名前を偉そうに呼ぶこの男との戦い。
毎朝、毎朝、よーくこんなに色々見つけるなぁーっていうくらいに重箱の隅突っついて、人の粗捜しをしてくる男との戦い。
一体全体、今日は何のよう?
「何の用は、俺の台詞だ」
うぐっ、またひとり言言ってた?
あたし、
随分とストレス貯まってるのねぇー 可哀想なあたし。
両手で自分の肩を抱く。
「ブツブツ言ってねぇで、茶淹れて来い」
あたしは、周りをキョロキョロ見回したあと
「専務秘書ではございませんので、そう言った事は出来かねます」
「はぁっーー? 俺、誰?」
「はぁっ?ご自分の役職もお忘れでしょうか?道明寺専務ですよね?」
態と小首を傾げて聞き返した。
「グッ….」と詰まった道明寺を見て__フフッ 勝ったな。そんな事ニヤリと笑いが溢れそうになった瞬間
「だったら、茶淹れて来いっ!」
「ウゲッ」
「ウゲッじゃない。淹れて来い」
「ウゲゲッ」
「牧野!」
えっ?専務に向って偉そうだって?
ははっ 良いの。良いの。あたしはコイツのせいで新人研修吹っ飛ばされたんだから。しかも、しかもだ皆が新人合宿の期間なんていうのに言ってる間__道明寺邸に女中見習いだったんだ。
もうね、目を落しそうになるくらいビックリ。
まぁ、そのお陰でコイツの弱点は掴ませて頂いたけどね。クビに出来るものならしてみろ〜ってんだ。あははっ
だがしかし、道明寺は曲がりなりにも道明寺HDのお偉いさんだ。人前では、あたしだって従順な一社員として接してる。
トントントンッ
ドアが叩かれる。あたしは居ずまいを正し道明寺の前に昨日預かった資料を渡す。
「専務、失礼致します」
そう言いながら秘書課の華。太閤寺美咲先輩がコーヒーを持って入って来る。
「スンッスンッスンッスンッ」美咲先輩が入ってくると思わずいっぱい香りを嗅ぐ為にあたしの鼻は鳴ってしまう。同じ人間?ってくらい美咲先輩いい匂いがするんだ。しかも美人。あたしの大好きなブロードウェイスターのジャッキー様になんとなく似ているのだ。
しかもコーヒーまで持って来てくださるなんて。もぉ、秘書の鑑だ。
美咲様〜 黄色い声援を飛ばしたいくらいだ。
なのに、なのに__
専務の机の上に、美咲先輩がコーヒーを置いた瞬間
「悪いがコレはさげてくれ。牧野、新しいコーヒーを今直ぐ淹れて来い」バカ道明寺の声が響くのだ。
美咲先輩……ワナワナ震えながらコーヒーを下げてあたしをキッとひと睨みして部屋を出て行った。
あぁーー そんな殺生な〜〜 仕方ないからあたしは道明寺をキッとひと睨みした。
道明寺は愉快そうに片頬を上げ
「おぉーおぉー怖っ怖っ、睨むぐらいならお前が早く淹れてくれば良かっただけだろうよ?」
なんてせせら笑う。
クゥッーーー 勝ったと思ったのに今日も朝から負けた感いっぱいだ。トボトボとトボトボと専務室を出てコーヒーを淹れる。
《ったく、誰が淹れたって一緒だろうよ》
心の中で悪態を一つ吐く。
専務室にコーヒーを持って行けば、真面目な顔をして資料を読んでいる。
いつも通りえんじ色のネクタイを付けた赤塚さんが「牧野さん、おはようございます。今朝も朝早くからお疲れさまです」ニコヤカに挨拶をしてくる。それに応えるように「おはようございます」あたしも爽やかに挨拶を返す。
道明寺がチラリと横目であたしを見た後に「ふっ」と鼻で笑う。《マッタク》と思うけど悠然と微笑みながらコーヒーを置きお辞儀を一つして部屋を出る。
まぁ、なんだ今のあたしは、点数にしたら88点くらい行くんじゃないの? フフンッだぁーーー って、ことで今朝の戦いは五分五分ってことにしておこう。
パタンッ
さぁ、忙しい一日の始まりだ。
部署に戻れば
「牧野、はい。プレゼン用によろしくね」
十河係長から山ほどの資料を手渡される。
資料を見つめながら、空飛ぶ蛍になりたいもんだと願った。蛍ならあっちの水は苦くても、こっちの水は甘いものぉーー
いやいやっ、ブロードウェイ ブロードウェイ そう唱えてあたしは頑張る。うん。頑張る。
そうそう、十河係長__あたしの教育係なのだ。フンガァーッもいっぱいあるけれど、やればやっただけのことを認めてくれたりする。
ふふんっ♪
「牧野—」
「はい」
「BRED8であんこクロワッサン買って来て〜みんなのおやつ分もね。あと残業分のお弁当注文入れてきて、あっ、牧野も残業だからね」
あぁ、やっぱり蛍がいいなぁー なんて事を考えながら財布を持って席を立った。
BRED8……道明寺HDの社員専用オリジナルカフェだ。
あんこクロワッサン人気商品で14時50分の焼き上がりを待って新人社員がいっぱい並んでる。各部署のお偉いさんに頼まれ並んでいるのだ。新人同士の情報交換をしながら焼き上がりを待つ。
一人4個迄の限定あんこクロワッサン。
つくしは、ちょっとだけ遠回りして一つは資料室の安納さんに、あとの二つは専務室に届けた。
なんで専務室かって__
赤塚さんへの差し入れだ。うん。赤塚さんへのね。決して道明寺への差し入れじゃない。うん。ない。全くもってない。なんて言い訳しながらね。
窓の外には、爽やかな初夏の風が吹いている。
******
「なぁ、赤塚。このあんこの何かワケわかんねぇーのはあいつの嫌がらせか?」
「いえ、差し入れだそうです。このあんこクロワッサン並ばないと買えないそうですよ」
「ったくな、こんなんがか?」
文句をいいつつ__口にいれ
「甘っ、やっぱり嫌がらせだな」
なんて言いながら、いつもクールな筈の上司の口許が綻ぶのを赤塚は温かい気持ちになりながら見つめた。
ファイトー ファイトー ファイトー ナンニだ? 早く恋になれ!


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