No.080 鯛焼き あきつく
傘をクルクルと回しながら小雨の降る中を楽しそうに歩いている女の子が一人。あまりもその様が幸せそうで、タバコ屋の源さんが、角の肉屋のモーリーさんが、お茶屋の米さんが、そして男の子が女の子を見る。
「おっ、つくしちゃん! 随分とご機嫌さんだな」
そう声をかけたのは、青年団の団長で鯛焼き屋の店主政さん。
「こんにちはっ。あっ、あのね、あのね、見て見て ジャーーーン。なんと、なんと野鳥の会の長靴なんだよ」
「野鳥の会?」
「あっ、うん、バードウゥッチング用の長靴でね。ママにかってもらちゃったんだ」
「ほぉっ、それでご機嫌さんかい、そりゃぁ良かった。良かった」
政さんの言葉につくしちゃんが嬉しそうにニコッと微笑む。
「似合ねぇんだよ__それより混んでるんだから早く注文しろよな。ブスっ」
後から店に入ってきたやさぐれ親父に悪態つかれた
「あっ、ご、ご、ごめんなさい」
可愛いつくしちゃんが貶められ__
ピキピキ、イライラッしたのが政さん。前掛けをバシンッと外し、
「なに言って….」
政さんの声を遮る様に
「おじさんこそ、随分と常連さん妨害みたいだよ。ここの親父さん、その子が来るとご機嫌でそのあとアンコが増えるんだから。それに裏返してる間はどっちにしろ焼き上がり待つだけだしね」
うんうんっそうだそうだと頷く常連さん。
「てなわけで、一昨日来てよ。じゃぁね」
軽やかに手を振る少年と、焼き上がりを並んでいた鯛焼き屋さんの常連さんと、いつの間にかワラワラと集まってきていた商店街のつくしちゃんファンに囲まれて__スゴスゴと去って行ったのはやさぐれ親父
「お、お、覚えてろよ」
「ケッ、覚えてろはお前だ。多恵、塩もって来い塩」
「あいよっ」
塩がドバァッーーッと撒かれた瞬間、一斉に皆から拍手が湧き起って、政さんはその場に居合わせたみんなに、焼き上がった鯛焼き一個づつをサービスした。並んでた皆は勿論文句なんてつけやしない。
お茶屋の米さんが小ちゃな茶碗に日本茶を淹れてきて一人づつに配ってく。
「おじちゃん、おばちゃん__ごめんね。鯛焼きありがとう」
つくしちゃんが申し訳なさそうに謝ってからニコッと笑ってお礼を言えば、政さんも多恵ちゃんもニッコリ笑って
「美味いか?美味いだろう。つくしちゃんのは特別に俺の愛情入りだからな」
ガハガハ笑ったあと
「おっと、そうだった。坊主、お前中々やるなっ」
つくしちゃんも男の子に向けてペコリと頭を下げた。
「ありがとう」
「ううん、本当に君が来ると餡子増えるしね。あっ、俺、あきら、美作あきら__君の名前は?」
「あっ、あたし つくし。牧野つくし」
その日から、鯛焼き屋さんで、近所の公園で、つくしちゃんとあきら君2人の姿がよく見られるようになったんだ。
淡い淡い恋だった。
鯛焼きを食べながら商店街を歩けば、至る所から声をかけられる。あきら君の武勇伝もしっかり伝わってるから、すっかりあきら君も人気者だ。つくしちゃんに片思いしてた男の子達もあきら君の気っ風の良さと優しさにいつの間にか魅了され「あきら、皆で野球やろうぜ」やら、「サッカーやろうぜ」なんて誘われて、挙げ句には秘密基地まで見せて貰えるようになっていた。
小学生だった2人は、中学生になっても2人で会い続けた。相変わらず鯛焼きを食べながら仲良さそうに商店街を歩く。
何がきっかっけだったのだろう?ささいな事で喧嘩した。それこそ鯛焼きは尻尾から食べるか頭から食べるかなんて事だった。まぁ、そんな事はよくある事でいつも通りに仲直りする筈だった。
そんな時に丁度持ち上がったのがパパの転勤話___受験生のつくしちゃんに、パパは単身赴任するって言ったんだ。
でも、つくしちゃんは「家族は皆揃ってじゃなきゃ」そう答えていたんだ。
だから、早く仲直りしたくて___あきら君の住むお洒落な街に向った。運の悪い事にあきら君が凄い美人と腕を組んで歩いてるのを見ちゃったんだ。とってもお似合いだった。
そんな姿を見たら、自分とあきら君の違いが沢山見えてきて何だか惨めの極地に陥ってしまった。
だからそのまま距離を置いて__お別れも言わずに引っ越した。
甘酸っぱい思いを抱えたまま、ザ・エンド。
ワケも解らず一人取り残されたあきら君は、女遊びに狂って、つくしちゃんは鯛焼きを食べれなくなった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
人数合わせに誘われたコンパの帰り、妙に軽い男性達が誘って来る。「ねぇねぇ、これからもう一軒呑みに行こうよ?」
「行こう、行こう」隣りにいる友人達はノリノリだ。
つくしをヤケに気に入った一人がつくしの肩に手を回し
「つくしちゃんも行こう。ねっ」
しつこく誘って来る。
「あっ、あたし、明日早いから帰るね……」
肩に回した手を振りほどき走り去ろうとした瞬間
ボスンッ
「おぉっと、お嬢さん大丈夫?」
フンフンっフンフンっ 妙にいい香りがして鼻を鳴らした。
「プッ なに鼻鳴らしてるの?って……つくし__ちゃん?」
「うんっ?」
顔を見上げてマジマジと見れば
「あ、あ、あきら君?」
感動の再会!と思いきや___
「あきらぁ~」
バービー人形のような女の人が甘ったるい声をだして近寄って来る。
「あっ、いやっ、す、す、すみません」
つくしは、惨めになって慌ててその場を立ち去った。
つくしの胸はドキドキドキドキと高鳴った。あぁ、あきら君の近くに帰って来れたんだと。そして解ったんだ。あぁあきら君以外好きになれないって。
その晩、もしも今度会えたら惨めでもいいからトコトン好きになってしっかり振られようって決めたんだ。
胸が高鳴ったのはつくしちゃんだけじゃなかった。あきら君の胸も高鳴った。そして、沢山沢山恋をしたつもりだったのに、自分が好きになったのはつくしちゃんだけだったんだって気が付いたんだ。
すっかり大人になったあきら君。つくしちゃんと一緒に居た友人達からつくしちゃんの会社やらなんやらを聞き出して
次の日やって来た。ニッコリと微笑みを浮かべてね。
その日の晩__二人の姿が商店街の皆に目撃された。
勿論、二人の手には鯛焼きが握られている。
良かったね♬


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