No.084 暁 総つく
魑魅魍魎の世界__夜叉が蠢く。
眠れぬ夜、心を落ち着けるために茶を点てる。
茶筅を回せば……ざわついていた心が己の中の夜叉が凪いでいく。
和蠟燭の灯りの元で夜明けを待つ様に茶を点てていく
ゆっくりと茶を点てれば、闇は光をつれて来る。
闇の先に光があるように、光の先に闇がある。メビウスの輪のように光と闇は境目がなく混ざり合っている。
総二郎の頬がほんの少し弛み
「お入りなさい」障子の向こうの人影に声を掛ける。
スゥッーーーーと 真っ白な障子が開かれれば、暗闇に光が放たれたように愛する女が微笑みながら立っている。
スゥッーーと部屋に入って来る。和蠟燭の仄かに赤い揺らめきが女の顔を映している。
いつの間にこれほど綺麗になったのだろう? そう思いながら総二郎は、女に一見惚れる。
「若宗匠__どうなさいました?」
女が薄く微笑む。妖しい程に美しく俺を惑わせる。
黙って茶を目の前に出せば__ゆっくりと女が茶を口に含ませる。その口許が妙に艶かしい。
緩やかに夜が開けて行く。黎明の時、闇夜は薄明かりを伴って暗闇を脱いで行く。
光が和蠟燭の揺らめきと取り代わり、白もやが女を照らしゆらゆらと揺らいでいる。
「綺麗だ……」
思わず呟けば、たおやかに微笑みを浮かべ
「本当に」
表に視線を映しながら有明を見ている。
「いやっ、お前がな」
視線を合わせれば、恥ずかし気に俯く。
総二郎がつくしの頬に手を這わせようとした__その瞬間
ガラッと 開いて
「かかさまぁーーー すぅちゃんトイレですぅ」
菫が半ベソかきながら立っている。
「はいはいっ」
つくしが優しい笑顔を浮かべ菫の背に手を回す。
パタパタッと足音が遠ざかり、シーンとした静けさに包まれる。
総二郎は立ち上がり窓を開け、表を見る。
目の前に広がる有明の空に一筋の雲が、ふわりふわりと浮かんでいる。
凛とした寒気が部屋の中に入って来る。心の中の憂いがすっかりと消え去り夜叉は陰を潜めていく。
総二郎は、幸せな思いで片付けをする。
朝が始まる。
慌ただしく賑やかな朝を思い描きながら総二郎は、どこか満足げに頬をほこらばせた。
総二郎は自分を見つめる視線を感じて振り向けば
「父様、おはようございます」
櫂がにっこりと笑って立っている。
「おはよう」挨拶を交わしたあと徐に声をかける
「なぁ、櫂」
「はい。なんでしょうか父様」
「……この空みたいに心が澄み渡る女と一緒になれな」
櫂が総二郎を見つめ
「父様、これが惚気と言うものでしょうか?」
笑いを含ませ聞いて来る。
「あぁ、そうかもな。でもな、そんな女を好きになれ。わかったな」
櫂は大きく大きく頷きながら総二郎を見て微笑んだ。
朝が始まる。
賑やかで幸せな朝が。
朝が始まる。


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