No.087 恋、始まる 司つく
中吊り広告の雑誌記事の見出しが、つくしの目に飛び込んで来た。
「うわっ、なんてタイムリーな記事♡」
電車から吐き出された瞬間、
身体がウキッ♪
口許がウフッ♪ となって駅の売店に駆け込んだ。
「おはようございまーす」
朝からつくしは元気いっぱいにお盆を片手に専務室を訪れる。
「おっ、今日は珍しくご機嫌だな。また貝柱だったけ?立ったのか。ったく、ホントお前安上がりだよなぁ」
そんな言葉で嬉し気につくしをからかう男が一人。
「失敬な。あたしはいつでもご機嫌です。ところで貝柱って__なんで貝柱がお茶の中に入ってるの? 茶柱ね、茶柱。ホントにあんたはさぁ……」
本日の勝負我にありと……つくしは緩む頬を押さえながら司を見れば
「ゥッ、ゥグッ、言い間違えぐらい誰にもあるだろう」
フンッとばかりに、クルリと椅子の向きを変えつくしの淹れたコーヒーを啜る。
「さてっ、こんな所で油売ってないで仕事してこよぉーっと。」
「バーカ、これもお前の重要な仕事だろが」
「イヤイヤイヤッ、これはボランティア。てなワケで、あたしは忙しいので仕事に行くね~ じゃぁ、今日はあたし忙しくてあんたの世話してるところじゃないのよ」
ヒラヒラと手を振りながら社長室を後にする。
うんっ?なんのボランティアかって___朝のコーヒーを司に淹れるのだ。仕事の一環にするのは何となく負けた感満載になる。で、考えに考えた結果___司に朝のコーヒーを淹れる事をつくしは、ボランティアという名の括りにしたのだ。
つくしが部屋を出て行こうとするのと同時に赤塚が入って来る。
「牧野さん、おはようございます」
「赤塚さん、おはようございます。コーヒー淹れてありますのでどうぞ。あっ、今日あたしオヤツの時間来れないんでデスクの上に置いときましたからどうぞお召し上がりになって下さい」
「ありがとうございます」
礼を述べたあと、赤塚は小声で
「今日は牧野さんもご出席ですか?」
赤塚の小声にあわせる様に
「はい」
鞄から雑誌を取り出して「うふふっ、コレ買ってみちゃいました」
「これは、これは。頑張って下さい」
「はいっ。ありがとうございます」ニコリと笑ってから大きな声で「じゃっ、また明日」頭を下げて出て行った。
つくしの後ろ姿を見送りながら赤塚は、デスクの前に置かれたコーヒーを一口啜り満足げに
「牧野さんが淹れてくれたコーヒーは本当に美味しいですね」
ニコリと微笑めば
「赤塚、一度言おうと思ってたんだけど…お前のはオマケだからな。オマケ」
忌々し気に口にする。
「はぁぁ。オマケでもなんでも結構です…が。美味しいから美味しいと言っただけですので」
赤塚は、しれぇっーと口にした後、毎朝、毎朝同じ事ばかり五月蝿いとばかりに立ち上がり__書類を司の机の上に置く。
ドサッ
「専務、宜しくお願い致します」
毎朝、毎朝不毛で滑稽なやり取りだと感じるが__とは言え、つくしが来ればその後の仕事の能率も上がるし、それより何より普段無表情の上司の顔に薄ら笑顔が浮かぶ。
ワルクナイ__そう感じるのだ。
それに、このやり取りも様式美の一つだと思えば楽しいものだ。
コチコチッと時間が過ぎて行く。
午後3時を過ぎる頃__いつもならつくしがおやつ片手にやってくる。司は気忙しくチラリチラリと腕時計を何度か確認する。
赤塚は何かを思い出した様に引き出しを開け
「今日は、こちらになります」
「うんっ?なんだコレは」
「えぇっと、今日は小倉山荘のおかきのようですね。牧野さんのご趣味は実に素晴らしい。それはそうと本日の合同親睦会にはご参加なさいますか?」
「はぁっ?なんで俺がそんなチンケな所に行かなきゃいけないんだ。それに菓子の名前を聞いてるんじゃない」
「なんだコレはと仰いましたので__」
司は忌々し気な表情で赤塚をひと睨みして
「お前、バカか?」
バカか?の言葉に眉を顰めながら小さな小さな声で赤塚はポツリ呟く「牧野さんが気になる。好きだって__早く認めたらいいのに」
「赤塚、なんか言ったか?」
司の言葉にゆっくりと首を振り
「いえ、何も申しておりませんが、牧野さんが来られないのは、お忙しい為かと思われます」
「何がそんなに忙しいんだ?海外事業部__特段急ぐ案件ないだろう?」
「えぇ、そうですが__本日は先程お伝えした通り海外事業部、戦略部、営業部、秘書課の合同親睦会がございますので」
「はぁぁ? それと牧野がなんで関係するんだ」
「関係もなにも牧野さんは海外事業部の一員ですし、新入社員は絶対参加ですので」
「……牧野は俺の直属の部下だよな?」
赤塚は首を傾げながら
「はぁっまぁ、管掌されておりますが、直属の部下というのとはちょっと__違うような気も致しますが」
赤塚が言えば、ジロリッと睨み上げ、「直属の部下だよな?」もう一度同じ言葉を口にする。
一方、何かと慌ただしいつくし__ようやっと一息つきながら小倉山荘のおかきを食べながらしばしの休息タイム。
「十河係長、見て下さいコレ」
〝恋、始まる〟そんな見出しのついた雑誌を十河につくしは見せている。
「あらっいやだ。牧野さんには、専務がいるじゃない」
十河の言葉に、つくしは眉根を寄せて
「なんで__そこに専務ですか?」
「いやっ、何となく?」
「何となくとかヤメて貰えますか」
「あらっ、専務ステキじゃない」
ジロリと十河を見ながら
「素敵って__あははっ、素敵な人はあんなお子ちゃまみたいに張り合ったりしませんから」
「専務がお子ちゃま?そんなワケないじゃない」
「えぇーー だって、毎朝色んな事で張り合うんですよ。それに、日本語もあやふやですよ。今朝だって……」
十河とつくし__どうやらとっても気が合うようで色んな話しをしあっている。
*-*-*-*-*-*-*-*
時計が6時を指した瞬間、一斉に皆が仕事を切り上げる。わいわいガヤガヤ連れ立って__親睦会会場に向かう。
新人研修を受けてないつくし
BRED8で新人同期と会って情報交換するとは言え、皆で飲みに行くのは初めてだ。
ウキッ うふっ が止まらない。
会社から出る時、普段はつけない揺れるピアスなんていうものをつけてみた。
うふふっ で ウキッ の気持ちと共に耳元のピアスが揺れる。
幹事の挨拶のあと「カンパーイ」のかけ声と共にグラスが重なり合う。和気藹々と時は過ぎていく……
つくしの隣りにも中々素敵な男性が座って何となくいい感じに話しが弾む。
つくしの頭の中には、〝恋、始まる〟なんてウキッとした瞬間
ガラッ と扉が開いて皆の視線が一ヶ所に集中した。
つくしがゆっくり顔を上げれば___
「うぐっ、ぐっ__な、な、なんでーーー??」
赤塚と不機嫌そうな司が立っていた。
十河は嬉しそうに、二人をつくしと自分の隣りに案内する。
ドスンッ 司がつくしの隣りに座り込む。
皆の手前、馴れ馴れしく口を利くわけにもいかず偉そうに振る舞う司の世話をする羽目に陥った。
ワラワラと集まってきた秘書軍団のお綺麗さん方には意地悪く睨まれるわ、司はここぞとばかり偉そうにしているわ、さっきまではいい感じに話していた男性社員はいなくなって変わりに管理職ばかりが周りを占めるわ
〝恋、始まる〟どころか 〝恋、逃げてく〟のトホホ状態だ。
なのに、なのに、隣りの司はさっき迄の不機嫌さはなりを潜め超ご機嫌状態だ。
そうだ! 京都に行こう! じゃなくて そうだ!トイレに行こう! それで席チェンジだ!!
「あ、あたし化粧室に」
つくしが席を立てば
「牧野、さっきトイレ行ったでしょーが」そういいながら酔っぱらい十河がつくしの手首を掴んだ。急に手首を掴まれてグラリッつくしの身体が揺れた。
こ、こ、転ける そう思った瞬間___司がつくしを抱き止めた。
抱きとめられて慌てて体勢を整えようとしたつくしの唇が、抱きとめた司の唇と一瞬触れ合った。
「えっ?えっ?えぇーーーーーーーー」
つくしの雄叫びが店内に谺した。
恋、始まる…………かも?
いやいや恋始めようよ


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