baroque 52
僕から君へ
le début
もう一つの
le début
始まりを送るよ
新年の朝、嵐山の別邸に色づいたタマミズキの真っ赤な実を眺めながら
「薫、見て見…..」
思わず声を出して気が付いた。隣りに薫はいないという事実を。裏切ったのは自分なのに手酷い裏切りを受けた気持ちになって……つくしは、下唇をキュッと噛んだ。
「つくし様__風が少し出てきましたが、お寒くはございませんでしょうか」
いつの間にか後ろから近づいて来ていた黒崎に声を掛けられる。
「あぁ、うん」
「そろそろ__お部屋の方に戻られませんか?お風邪を召されたら大変ですので」
「もう少しお庭を見たら戻りますから……」
では、と言って黒崎がつくしにストールを手渡してくる。この瞬間__あぁ、そうかとつくしは気が付く。この庭を散歩する時は、いつでも隣りに薫がいて寒い時は、そっとケープやストールをかけてくれていたと言う事に。
寒さを感じてストールをギュッと前で合わせてポケットに手を入れれば、それが合図とばかりにスマホが震えた。手に取り画面を見れば
今年も宜しくな
そう書かれた総二郎からのLINEが入っていた。
小さく微笑んでから
今年も宜しくね
と文字を打ち返した。
「ふっ」つくしの唇から微かに息が漏れる。
タマミズキの赤い実をもう一度目にしてからつくしは、踵を返して邸の中に戻っていった。
タマミズキの赤い実が
風にユラユラと揺れながら責めるようにつくしを見ていた。
その日の午後……
海老原夫人から初釜の案内の巻紙が届けられた。
つくしは、美しい書に魅入りながらも首を捻り雪乃を見上げた。
「どうしたの?」
「正客は東雲のおば様で他の連客の方のお名前もあるんですが……ご亭主の方のお名前がなかったもので」
「前礼の時にでも聞いてみたらいかが?」
「__お茶事があちらに戻った翌日ですので、前礼はお手紙でと思っているのですが」
「気になるようなら私から聞いてみるけど…折角だから、当日の楽しみにするのも素敵よ」
雪乃に言われ、つくしはコクンと頷いた。
東京に帰る迄の間、栄や雪乃と共につくしは、幾つかのパーティーに参加する。隣りに薫はいないのに行く先々で皆がつくしと薫を当たり前のように対に扱い、嬉しそうに薫の就任の祝辞を述べられる。その度につくしは曖昧に微笑む。
__なによりも京都の町のそこかしこに薫を感じて、吐いてしまいそうになるほどに息苦しさを感じる。
*-*-*-*-*-*-*-*
東京に帰る新幹線に乗りほっと安堵の吐息を洩らした。
翌日、東雲夫人からの迎えの車で海老原邸に出掛けた。
大きな門構えを通り、邸の中に入れば美しい日本庭園が目の前に広がっている。
茶室に入る様に促されて__一礼をしたあと躙り入り、お道具を拝見する。
「皆様本日は……」亭主の挨拶が始まった瞬間、つくしの時が止まった。
刹那
亭主がつくしの瞳を驚く様に見つめた。
指先が微かに震える___
これは偶然? それとも......?


ありがとうございます♪
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