イノセント 60 司つく
暗い海を一艘のクルーザーが走っている。
沖合まで船を走らせると雅哉は自動操縦に替えて、つくしの元に向った。
つくしは、軽やかな寝息を立てながら船内のソファーで身体を横たえている。
「つくしちゃん……」
つくしと一緒になる事を信じて疑わなかった過去に思いを馳せながら、雅哉の指先がつくしの指先にそっと触れる。
愛おしい人___雅哉はつくしのことを心から愛していた。
ほんの少し闇を纏いながらも、暖かな春の陽射しのような光を放つつくしを心の底から愛していたのだ。つくしの光に惹かれ、そして闇に惹かれた。いつか人生を共にしたいと願っていた。いや、いつか一緒になると決めていた。
ご多分に漏れず御曹司として育った雅哉の人生にもまた、欲しいと望んで手に入らなかったものなどなかったから。
雅哉とつくしとの出会いは、偶然を装っていたが__実は、つくしのことは、つくしが学生時代から知っていた。
立川が設計をし、新和が施行を手掛けた美術館の前で建物をジッとみるつくしに会っているのだ。どこかで見たことがある顔だと思ったのが始まりだった。どこでだろう?そんな事を考えながら彼女を振り返った。真剣な眼差しで建物を見つめる彼女に目を奪われ、雅哉の脳裏に焼き付いて離れなかった。
次に彼女を見かけたのは、それから2年後。たまたま留学先のアメリカから一時帰国した時に訪れた立川の講演会の帰りだった。声を掛ける事が出来なかったが、名簿を調べつくしの名前を知り、素性を調べた。そして知った。いや、正確には思い出した。何故つくしの顔を見た事があると思ったのかを。
道明寺司が刺された時に一緒に居た少女__細い身体で司を引き摺りながら歩いていた少女。あの事件が起きた同じ港に偶然、雅哉も居て一部始終を見ていたのだ。自分の側にはべっていた女達が薄ぺらっく安っぽく見えた。
大きな男を背負って進むつくしの後ろ姿があまりにも美しくて感銘を受けたのだ。
あんな風に自分も愛されたいと強く願った。その後、雅哉の人生は劇的に変わった。今迄半端な気持ちで携わっていた人生に対してきちんと向き合いだしていたのだ。
彼女と自分は縁がある。急がなくとも必ずもう一度出会えると確信して再び日本を発った。立川の所で新入社員として働き出したと知ったのは、月に一度受け取る報告書からだった。
その時は、つくしの写真に口づけを落し自分の幸せを噛み締めたほどだ。
つくしの環境が落ち着き自分自身もまた東京できちんと腰が落ち着ける状態になるまで時を待った。絶妙なタイミングでつくしに出会い、恋心を本当の身分を隠し逢瀬を重ねた。
接すれば接するほどに、つくしを愛し、つくしを求めた。穏やかで優しい雅哉を演じながら、キスでさえ微かに震えて身に受けるつくしを自分の手中に収めるその日まで待った。
つくしに自分の身分を打ち明けたのは、道明寺司が再び日本に戻って来ると耳にしたからだった。
その前に、つくしを自分のものにしようと心に決めた。番狂わせが起ったのは新和のトラブルからだった。
それさえなければ__つくしは自分のものだった筈だ。
いや……そうじゃない。寝入るつくしを見つめながら呟く。
「つくしちゃん、俺はつくしちゃんの犯した過ちには目を瞑るよ。だって、これから君は、ずっと僕と一緒に暮らすんだからね」
雅哉の瞳に青い狂気の色が走る。
*-*-*-*-*-*-*
「やっぱりおかしいと思うんだよね」
滋の口から同じ言葉がもう一度もたされた時
「ホテルに直接行ってみようか?」
「うんっ、杞憂に過ぎなければいいんだけど__なんだか胸騒ぎがするんだよね」
滋達がホテルに到着したのは、つくしが雅哉に連れ去られた1時間半程後だった。
部屋の前で待機しているSPを見て___滋の顔は曇った。
部屋をノックする__なんの返答もない。ホテルのものを呼び部屋のドアを開けてもらう。
部屋に入った瞬間、滋の身体を生暖かい風が包み込む。
パタパタとシフォンのカーテンが風にはためいているのだ。
滋は大声でつくしの名を呼ぶ。どこからも返事がない。
そんワケはないと首を振りながら、大切な友の名を呼ぶ。
バルコニーに出れば__避難用ロープが階下に垂れている。
部屋のドアを開け、大声でつくしが居ない事を伝える。
その場で、直ぐに司に連絡がとられた。
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