イノセント 64 司つく
吹き始めた風が雨を連れて来る。ポツン ポツンとクルーザーの丸窓を濡らし、風浪が船を揺らす。
「雅哉…さ…ん、いつから、知ってったの?」
「最初から知ってたよ。いつつくしちゃんが言ってくれるのかって思ってたんだ__でも、人には言いたくない事ってあるからね」
カラカラと喉が渇き、つくしの顔はえも言われぬ気味悪さで引き攣っている。
「君は、勇敢で美しかった。二度目に出会った君は新和が手掛けた美術館の前で真剣に建物に魅入ってた。あまりに真剣な眼差しに思わず目が釘付けになったよ。港で出会った君とこの時の君が一緒だと知ったのは、次に出会った時だった。3度も会えば、それは偶然じゃないよね?」
キラキラと零れるような笑みで笑う。
「つくしちゃんの事なら大概のことは知っているよ。好きな食べ物、好きな映画、好きな色、好きな本、今迄住んでいた所、家族関係、交友関係、小さな時の思い出の場所や事柄なんかもね。クククッ、だから__趣味がよく似てたでしょ?あっ、記念だって言ってた時計もそうだよ。君と一緒にしようと思ってね。君が作ったあとに同じように作らせたんだ。でも本当は、セルペンティみたいな宝飾系のが好みだったんだね? そうならそうと早く言ってくれればプレゼントしたのに__あっ、でも……あれは君には毒々しくて似合わないよね」
つくしに近づき、手首を触り
「つくしちゃんには、アルハンブラなんてどうかな?あの可愛らしい感じが似合うと思うんだよね……あっ、でも時計なんてもう必要ないよね。君は俺の元で過ごすわけだしね」
「……あの時計、一級建築士を取った記念の品じゃなかったの?」
二人を近づけたお揃いの時計のことをつくしは雅哉に聞く。
「っん? あぁ、つくしちゃんとお揃いにしたくてね。つくしちゃんが買ったのを知って同じようにバックケースに刻印してもらったんだよ。仲良くなる切っ掛けになったよね?」
「全部……嘘だったってこと?」
「全部嘘じゃないよ。時が前後してるだけさ」
悪びれずに雅哉が口にする。
「ずっと黙っていようかと思ってたんだけどね。コレからの二人の人生に嘘はイケナイかなって」
目の前の雅哉が見知らぬ人に見えてつくしの身体はブルブルと震える。
「あれっ、寒い?大丈夫かな?そのワンピース薄いからかな?ちょっと待っててね」
そう言いながら掴んでいたつくしの手首を離してフワリとストールをかけた。
「これで寒くないかな?」
丸窓に大粒の雨が当たり出し一層強くなった風が波をうねらせる。
「つくしちゃん、そろそろ着岸しなきゃいけないから淋しいかもしれないけど、ちょっと待っててね」
微笑みを残して部屋を出て行った。
パタンッ
扉が閉められた瞬間
「ハァッーー」
張り詰めていた緊張が解け大きな溜め息が口から漏れた。
*-*-*-*-*-*-*-*-
空中停車した状態で、ジェットヘリからホイスト装置を装着した司が降りて行く。
愛するものを自分の手に抱き締めるために__暗闇の中をスルスルと降りて行く。
愛するものを助けるため……
もうそこには迷いは無い。
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