お江戸でござる! 逢引編 by 星香さま
※注意書き
このお話は、大店の一人娘、つくしと、ぼんくら亭主(婿殿)総二郎。
番頭の類、同心のあきら、侠客の司が織り成す、パラレル時代劇(もどき)。
今回は、つくしと総二郎が結婚する前のお話です。
時は江戸。
南紀派が一橋派に勝利し、若く見目麗しい公方様が誕生し数年。
夷狄やら、京より来られた天子様の妹御の話題で、大賑わいの江戸の町。
そしてここに、賑やかな一団がひとつ…。
「ねぇ、つくしチャン。そこの茶屋でお茶でも飲まない?」
「結構です」
「ねぇ牧野。歌舞伎観に行かない?
紀伊國屋の澤村田之助(※)が出るって」
「……う……」
澤村田之助の出る演目は人気で、中々席が取れない。
類の言葉につくしの心が動く。
偶然街中で出会って以来、総二郎と類はつくし争う恋の好敵手。
暇さえ見つけては、何とかつくしの気を惹こうとする。
だが、総二郎も類も武士。つくしは大店とはいえ、町人の娘。
お武家さんの気まぐれ…と思っているのだろうか?
中々どうして、つくしは2人の誘いには簡単に乗ってこない。
女に関しては百戦錬磨の総二郎と、江戸一番の策士と呼ばれる類。
今日も激しい(?)争いが繰り広げられている。
「その後、梅園院の茶屋(現在の浅草 梅園)で粟ぜんざいでも食べる?
牧野、好きでしょ?」
「なんだ。甘味なら長命寺の桜餅だろ…」「おや、総さん」
歌舞伎役者に食べ物。
つくしの弱い処を突いてくる類に負けじと誘う総二郎は、自らを呼ぶ声に振り返る。
「うぉっ! 明日花!!」
「最近、とんとご無沙汰じゃないの」
冷たいんだねぇ…と艶っぽく笑う美女。
どう見ても素人ではなく、『只のお隣の奥さん』では通らない。
親し気な女と、満更でもない様子の(つくしにはそう見える)総二郎。
眉間に皺が刻まれていく。
ぷいと総二郎から顔を背けると、類に向かって口を開いた。
「花沢類。歌舞伎、見に行こう」
「あい」
「じゃあね! 西門さん! お邪魔しましたっ!」
「お…牧野…」
べっーっと舌を出し、ぷりぷり、すたすた。
引き留めようとするものの、つくしは聞く耳持たず。
隣を歩く類が一度ばかり振り返り、「今日は俺の勝ち」とばかりに口角を上げる。
「…おや…。行っちまったねぇ…」
「行っちまったねぇ…、じゃねぇよ! 明日花!」
どうしてくれるんだ! とばかりに明日花にかみつく。
明日花は木挽町界隈の芸者であり、総二郎にとっては三味線のお師匠さんでもある。
口は硬く、度胸も座っている。
以前『勤王の志士』を名乗る暴漢が料亭に踏み込んできた時ですら、一歩も引くことはなかった。
いいオンナだと思うし、世話にもなっている。
けれど!
それとこれとは別問題だ!!
「お師匠さんは人の恋路を邪魔するつもりかよ」
「ご冗談…。そんな野暮な真似、するもんかい。けれど…」
明日花が総二郎に向き直り、艶っぽく笑う。
「気になっていたんだよねぇ…。
数々の『武勇伝』を持つ総さんが入れ込む相手ってのが、誰なのか。
ふーん。そうかい。彼女なんだねぇ…」
「…五月蠅ぇよ…」
「おや、師匠になんて口のきき方だい?」
ぴしゃりと言われてしまうと総二郎もぐうの音が出ない。
元々、年上相手は総二郎よりあきらの方が得意なのだから。
値踏みをするかのようにつくしの後姿を見ていた明日花が、ぽつりと呟く。
「…でも…総さん。中々眼の付け所がいいよ。…気苦労はするだろうけどね。
ああいうお嬢さんには、言い寄る『虫』も多そうだし…」
「うん? 何か言ったか?」
「いいや、なんにも」
低く呟いた独り言は総二郎の耳には届かず、明日花も繰り返すようなことはしない。
「さて…帰りますか。総さんの珍しい顔、見られただけでも儲けもんだった。
サボってないで、ちゃんと稽古においで」
「はいはい…」
ひらひらと明日花に向かって手を振る。
「…今日のところは大人しく帰るか…」
本当なら自棄酒でも飲みたい気分だが、どうも今日はツキがない。
こういうときは、大人しくするに限る。
くるりと方向を変えると、ゆうらりゆらり。
淋しげにひとり、屋敷の方へと足を向けた。
「…なに…牧野。美味しくない?」
「…え? あっ…ううん。美味しいよ」
類に促され、慌てて止まっていた箸を動かす。
歌舞伎は、楽しかった。
澤村田之助は、艶やかで美しかった。
艶やか…
その言葉に、ふと先程総二郎と話をしていた女の姿が脳裏に蘇る。
無理矢理進めた箸が、再び止まる。
そんなつくしの顔を見つめていた類が、ぽつりと呟いた。
「…さっきのは、木挽町の芸者」
「えっ…?」
「気になってるんでしょ? ずっと」
「…そんなこと…」
ない、と言い掛けて止める。
類の不可思議な色の瞳に見つめられると『何もかもお見通し』と言われているようで、つくしは嘘がつけない。
碗と箸を置き、こくこく頷く。
「彼女は口が堅い。だから色々『助かる』ことがある。
それに…『芸者衆は、芸を売っても身は売らない。廓の花魁は、身を売っても心は売らない』
…知っているだろ?」
類が淡々と言葉を紡ぐ。つくしが尚も頷く。
つくしとて商家の娘。
侍が密談をするときに、亭や廓を使うことくらい知っている。
芸者も花魁も、自らの立場をよく知っているということも。
「うん…知ってる…」
それでも尚、複雑そうな表情を浮かべるつくしに、類がふっと眼を緩める。
「ん…。…丁度、桜が綺麗だね。
どうせだから長命寺まで足を伸ばして、桜餅買って帰ろうか?
…総二郎んとこに行って、抹茶でも入れて貰お?」
「…そんなに甘いものばかり食べられないよ…」
「じゃあ、要らない?」
「………いる………」
上目使いで類の顔を見ながら、小さな声で告げる。
予想通りの答えに、類が声を上げて笑う。
歌舞伎を観ているときから、つくしの様子がおかしいのは判っていた。
無論、その理由も。
態々敵に塩を贈るようなことを言わなくてもいい。
総二郎の女遊びは有名。黙っていればいい。
そうすれば、つくしは自らの気持ちに気付くことなく、類の元に落ちてくる。
けれど…類はつくしが浮かない顔をするのは見たくなかった。
言えば、自らが不利になるのが判っていても。
これぞ正しく『惚れた弱み』というべきなのだろうか。
「…ホント、割に合わない…」
茶屋を出た類がぽつりと呟く。
「えっ? 花沢類。何か言った?」
くるりと振り向き、極上の笑顔を類に見せる。
-まぁいいか…。今日は。
思いがけず、つくしとの逢引きの時間が取れたのだから。
「…否…なんでも…」
「?? あっ、花沢類! 浅草寺でお参りして行こうよ」
「あい」
ひょこひょこ歩くつくしの姿を楽しげに類が眺める。
総二郎が牧野屋の婿になり、何故か類が番頭としてついて来るのは、もう少し後のこと。
-お江戸でござる!逢引編 了-
※澤村田之助(3代目)
幕末から明治にかけての歌舞伎役者(女形)
後年、脱疽により四肢を切断後も舞台に立ちつづけた。
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♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
お誕生日プレゼントに星香さまより頂いちゃいました。
このシリーズ大好き♡
粋でいなせな総ちゃんが目に浮かびますぅ。
ありがとうございます。
星さまのお部屋で開催されている『おとなの掟』シリーズに
おとなの掟 〜滅びの呪文〜
を送りつけちゃってます。
星香さま

駄文置き場のブログ
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