紅蓮 87 つかつく
つくしが記憶を失い一月以上が経つ。
虚ろなつくしの心に、毎日のように嘘の記憶を植え付けていく。
「ご両親の都合で俺とつくしとは、一時期離れ離れになったんだよ」
「そうなの?」
キョトンとしながらつくしが聞き返せば
「あぁそれまでは、ずっと一緒だったんだよ__
ただ、そのあと直ぐに、俺も祖父母と共に居を移したから、大人になるまで再会できなかったんだよ」
「なんで__あたし覚えてないのかな__」
「……小学1年生の時に大きな怪我をしたの覚えてる?」
そんな言葉を語り出す。
凌に言われて、足にギブスをしていた自分を朧げに思い出し、コクンと頷く。
「俺と離れた事が余程淋しかったのかつくしは、俺に会いにここにたった一人で会いに来てくれたんだよ。でも、邸の門は閉まったまま、見知らぬ使用人に帰されて__その帰り道、足を滑らして怪我をしたらしんだ」
つくしは、それと記憶を失った事がなぜ関係するのかが解らずに首を傾げれば
「そのあと、凄い熱を出したらしくてね__次に目覚めた時には、小ちゃな時の記憶__と言っても、俺に関する記憶だけを全部失ってたらしいんだ。医師の見立てでは、解離性健忘って言って、一種の記憶喪失みたいな症状が出るらしいんだ」
「それって?」
「あぁ、今回と一緒だ。この頃忙しくて、俺が君と居れなかったかり、ご両親の事や、その他色々な重なったのが原因だと設楽先生が仰ってたよ」
「色んな事……?」
「あぁ、話すと長くなるんだけどね__」
そう言いながら、手元の切子のグラスに水を注ぎ、つくしに差し出した。
「俺の記憶を無くして離れている間に、君は全てを捨ててもいいと思うほどの熱烈な恋をしたんだ」
「あたしが?恋をしたの?誰に?」
眉根を寄せながら宗谷に質問する。
「……道明寺司君という人だよ」
「道明寺__司さん?」
初めて聞く名前のように、つくしは、司の名を口にする。
微かに、宗谷の片頬に笑みが浮かぶ。
「あぁ、彼とは、まぁ色々あって別れる事になったんだけどね__その後に、君と俺は再び出会ったんだよ。でも、君は、俺のことは全て綺麗さっぱり忘れていた。愛しているのは、司君の事だけだった。なんだか、それが悔しくてね__だから、愛した人に君が似ていると言って__君を手に入れたんだ」
「なんで?直接言ってくれなかったの?」
「そうだよね。最初からきちんと話してれば良かったんだよね。ただ、君は何も思い出していないのに、俺だけ君にずっと恋をしていたと思われたくなかった。ちっぽけなプライドからかな___それに、司君を忘れらない君の心は、柔和に笑う外側とは別に、頑なに他者を遠ざけていたから……君に、つくし自身に興味があるわけじゃないふりをしたんだよ……」
森の中に木の葉を隠すように、本当の中に嘘を散りばめ、嘘の中に本当を散りばめる。
「……それとあたしの記憶がなくなったのと、なんの関係があるの?」
「あぁ、君は、日本に帰ってきた司君と再び出会ったんだ。散々傷付いていた筈なのに、君の心は、いとも容易く司君を再び求めていたんだ……俺は、醜い嫉妬で君を前よりも雁字搦めに縛った。君は、追い詰められて心を壊してしまったんだ…………本当に、本当に申し訳ない」
美しい瞳に薄らと涙を浮かばせながら深々と頭を垂れて、許しを乞うた。
どれくらいの時間、そのままにしていたのだろうか?顔を上げた宗谷は、真っ直ぐにつくしを見つめ
「……2度も君の心を壊してしまった俺には、こんな事言える資格がない事は、重々承知してる。それに、本来なら君を自由にしてあげなければいけないことも分かってる。…………でも、許されるならば、君の中に芽生えた命と共に、もう一度最初かはやり直して欲しい」
「命?命って? あたしの中の……命って、なに?どういう事?」
「俺達の赤ちゃんが……君のお腹の中に居るんだよ。許されるならチャンスが欲しい……」
つくしは、両手でお腹を押さえながら宗谷の言葉を聞く。
司のつくしへの愛し方を模倣するように__
美しく気高い王者は、愛するものの前ではただの男に戻り愛を懇願している。
司を忘れたつくしの心は、模倣の愛に、お腹の中に芽生えた命に動かされる。
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