baroque 64
flamme
心の中に
flamme
赤く赤く
flamme
炎が灯る
夕闇が迫る中、つくしは一人庭に佇みぼんやりと桜の木を見上げた。
「__今年は、桜見れなかったなぁ」
毎年この邸で行われていた桜見の宴。
薫が留学中も桜見の宴には、ここに戻って来ていた。
桜が咲くのが待ち遠しかった__あの頃。
桜を、薫を待った__幸せだった。
ただ、薫を好きだった。
夕闇は共に冷たい風を連れて来たようで
「クシュンッ」
つくしは、くしゃみを一つした。
「つくし」
名を呼ばれ後ろを振り向けば、薫が立っていた。
「薫……」
久しぶりに会う薫は、前と変わらずに優しい笑みを浮かべながら、
「庭を散歩してるって聞いたから」
そう言ってストールを手渡してくる。つくしは、ストールを羽織りながら
「ありがとう」
コクンと頭を垂れた。
「今の季節、夕方はまだ冷え込むからね」
言葉無く、二人で桜の木を眺める。
沈黙を最初に破ったのは、薫だった。
「今日は、つくしの事で筒井に話しがあって来たんだ」
「あたしの事……?」
「正確に言うと、僕とつくしの事」
ゴクリッ
つくしは身構える。
「__婚約を正式に取り止めて貰うことにしたよ」
予想だにしなかった言葉につくしは、薫を見上げ
「なんで?」
そう聞いていた。
つくしの言葉に、薫はクスリと優しく笑い
「なんでって、つくしが望んだことだからかな____それに元々、婚約だって、建前的なものだったワケだし」
「……それは、そうだけど」
「あっ、諸々のことは、つくしは何一つ心配する事は無いからね。それに、今みたいな憎み合った関係が続く方が筒井と宝珠にとって不利益だからね」
夕闇が表情を映さない。
「__沢山、嫌な思いさせちゃったよね。つくしを縛り付けるつもりは___無かったんだ。結果的に窮屈な思いを強いることになちゃったけどね」
つくしは、黙って首を振る。
ただただ、首を振る。
フワリッ
薫がつくしを優しく抱きとめた。
「つくしの笑顔が好きなんだ__今度会う時は、昔みたいに笑ってみせてよ」
そう言ったあとに、ゆっくりと温もりが離れ去って行く。
〝薫……〟
名前を呼び引き止めたいと、強く強く願ってしまった。
慌てて言葉を呑み込み薫の後ろ姿を見送った。
どれくらいの時間、そこに佇んでいたのだろう。
昼間あれほど暖かかった風は冷たさを増していく。
「あたし、自由なんだよね___?」
つくしは、ポツリと言葉を洩らした。
身体に、心に
冷たい風が吹く。
己が望んだ筈の結末なのに
知らない内に、つくしの瞳から涙が零れていた。


ありがとうございます♪
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