紅蓮 88 つかつく
宗谷が呼称を〝私〟から〝俺〟に変えたのは、何を思ってだったのだろうか?
結婚してからずっと住んでいた本邸を出て、宗谷家にとっては小さな洋館に住まいを変えた。とは言え、広大な敷地の中に立てられた洋館は、一見、自由そのものに見えるのだが中から外に出る事も、外から中に入る事も宗谷の赦しを得なくては、難しい作りになっている。
いつから計画されていたのか? 母屋から渡り廊下で繋がった建物の中には、最新機器の揃った診察室と共に手術室が既に用意されていた。
使用人達も宗谷家に代々傅いている者や、子息が宗谷グループで勤務している者達で構成されている。
つくしの居る母屋に入れない出入り業者のものでさえ、入念にチェックされ管理されている。
厳重なチェックをされない唯一の例外は、設楽だけだ。
3日と空けずに設楽はつくしの元を訪れ、他愛無いお喋りと共にお腹の中の子の状態を確認する。
「すこぶる順調ですよ。なにか心配なことは?」
つくしは、大きなお腹を愛おしそうに摩りながら微笑み
「先生がよく見て下さるので特にはないのですが__ただ、お腹が一気に大きくなって自分の足下が見えないのにビックリです」
「足の爪は、凌さんが切ってるって聞いたけど?」
「嫌だっ、凌さん__そんな事まで設楽先生にお話してるんですか?」
「えぇ、嬉しそうに話してくれますよ」
つくしは、ハニカミながらもう一度お腹を摩る。
順調に育つお腹の中の我が子と、植え付けられた嘘は、つくしに多幸感を与えている。
愛するものの子を宿す幸せを深く強く感じているのだ。
「先生の所も、お腹大きくなられたでしょ?」
つくしが何気なく口にした言葉に、設楽は一瞬__そう、ほんの一瞬の間〝無〟の表情になった。
その後、いつもの微笑みを浮かべ
「あぁ、つくしさんの所より2週ほど早いからね
「じゃぁ、30週に入った所?」
「あぁ、そうなるかな」
「うふふっ、先生、お幸せそう」
「あぁ、念願の子だからね」
「__先生の所、ご結婚されて長かったんですっけ?」
「あぁ、出会いはもっと前だけどね。彼女が18の時に籍を入れたからね」
「そうなんですね」
「あぁ、待ちに待った念願の子だ。僕にも玲久にもね」
玲久のお腹の中にもつくしと同じ新しい命が宿っている。
設楽は、片頬をあげゆっくりとゆっくりと微笑んだ。
設楽の計画通り、全てが進んでいる。設楽は、玲久のお腹の中の命を心の底から愛している。
そう__彼が得る筈だった、いいや彼がもっていた幸せ。
設楽は、再び闇に堕ちない様に首を振りつくしのお腹に触れ、真面目な顔で
「つくしさんにとっても本当に愛する者の子だから__大事にするんですよ」
「えぇ、ありがとうございます」
礼を言いながら、なんとなく不思議な気持ちになって設楽を見つめた。
↓ランキングのご協力よろしくお願い致します♥


♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
- 関連記事
-
- 紅蓮 91 つかつく
- 紅蓮 90 つかつく
- 紅蓮 89 つかつく
- 紅蓮 88 つかつく
- 紅蓮 87 つかつく
- 紅蓮 86 つかつく
- 紅蓮 85 つかつく