紅蓮 93 つかつく
頷かなければ良かった。
でも、黒真珠のような大きな瞳で真っ直ぐに見つめられれば、頷くしかなかった。
玲久の瞳が好きだった。真っ直ぐに俺を見る瞳。
違う。玲久の全てが好きだった。髪の毛一本だって玲久のものなら愛おしかった。
玲久、玲久、玲久___会いたい
会って抱き締めたい。
玲久、玲久、玲久
*-*-*-*-*-*
美繭が己の命を断とうと手首を切ったあの日あの時、設楽夫妻は宗谷の邸の側にいた。
あと一日早かったら。いや、一時間早かったら全ての事は起きなかったのかもしれない。
でも___運命は無情だ。
美繭が手首を切り、搬送を急かせるために宗谷家の一言で警察の手によって宗谷家から病院に続く周り全ての道が封鎖された。
迂回に迂回を重ね___玲久を乗せた車は事故に巻き込まれた。
それだけじゃない。別行動をしていた設楽が病院に急いたのに全てが邪魔をした。5分でつく道のりが迂回に迂回を重ねさせられ30分以上かかったのだ。
着いた時には、既にこと切れていたあとだった。設楽は愛する者を失った。
玲久の身体の温もりが哀しみを増す。
慟哭が響き渡った。
命を取り留めた美繭を死んだ事にして欲しいと、二階堂から院長に相談があったのは、その日の夜だった。
渋る院長の背を押したのは、それを偶然耳にした設楽だった。この時、設楽が全てを知っていた訳ではない。
ただ、あまりにも二階堂の眼差しが真摯だったから示唆したに過ぎない。
全てを知らないにも関わらず、設楽は院長に二階堂自身も美繭の行方を追わないことという条件を出していた。
後日、様々な事が解るにつけ神が哀れな自分を後押ししているのだと思ったほどだ。
二階堂が、美繭を死んだ者として欲しいと頼んだのは、全て美繭を生かすためだった。二階堂もまた美繭を深く愛していたのだ。一緒に邸から出て行こう。何度も何度も口にしていた言葉だった。宗谷家に代々かしずく者としては葛藤を伴う行為だった。
でも、愛していた。美繭が自分でなく宗谷を愛していたとしても……二階堂は美繭を深く深く愛していたのだ。
自分と生きてくれなくとも、この世に美繭が生きてくれさえすればそれで良かった。
それに___これは、主である宗谷のためだと己を納得させた。美繭が再びあの邸に戻れば、美繭を失いかけた宗谷は、決して美繭を手放さないために宗谷は人では無くなり波旬と化すしかないのだろうから。
こうして__
つくしと司の預かり知らぬ所で運命の歯車が狂っていったのだ。
つくしは、ただ美繭に出会っただけ。
司は、ただつくしへの愛を広言しただけに過ぎなかったのに。
縦糸と横糸が織り成す一枚の布のように
幾つかの悲劇と偶然が重なり合い新たな憎悪を生んでいったのだ。
人はどこで憎しみを受けているのかは解らない。
いつもありがとうございます♥
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