春風 後編 類つく
ビクンッ
指先から伝わる熱で、あの日のことを思い出し、つくしの心が愛で震えた。
類がフランスに発つ前の日、いつものように類に髪の毛を切ってもらい___そして、つくしは類に抱かれた。
類は、つくしの髪に触れながら
「俺さ、一年経ったら帰って来るって言ったよね? 一生一緒にいる。もう離さないって言ったよね?それなのに、なんでいなくなったの?」
つくしは、ギュッと両手を握り締めながら、擦れた声で
「それが、その思いが窮屈だから逃げたのよ。あたしは類とは暮らせない__あたしは類の思いには応えられない」
「俺と一緒に居る事が窮屈ってこと?」
「そ、そ、そうよ」
つくしの項が、肩が揺れている。
「へぇっーーー じゃぁ、コッチ向いてちゃんと言ってよ。俺のつくしに対する思いが窮屈だから一緒に居れないって。俺なんて好きじゃないって」
つくしは、唇を強く強く噛み締めながら流れ出そうになる涙を必死に堪える。
カチッ コチッ
時計の秒針の音だけが部屋の中になっている。
「つくしっ」
あの日のように自分の名前を呼ばれ__胸に飛び込みたい。愛してると心が叫んでいる。
__でも
花沢の使いの者に呼び出された日のことを思い出す。
つくしは、類の未来のために、花沢の未来のために別れて欲しいと懇願されたのだ。
「牧野様、あなたと類様では身分も違いますし、それになによりも、道明寺様との事もございます。花沢にとって類様にとって醜聞でございます」
「付き合うとか付き合わないとか__あたしと類の間には何もありません」
「牧野様__あなたがいくらそうおしゃっても世間はそう見ません。それより何より__類様が納得致しません。ですからどうか、類様から身を引いて頂きたいのです」
類と会えなくなる___
皮肉な事に、この時初めてつくしは、自分が再び類を愛し始めた事に気が付いた。
自分の気持ちに気が付いたつくしは、何も言い返せず___類がフランスに旅発つ日までの自由な逢瀬と引き換えに身を引く事を受けたのだ。
つくしの細い背中が小刻みに揺れた瞬間___
フワリッ
愛する人の香りがつくしを包みこみ、信じられない事を口にする。
「__俺、実は只今無職なんだよね。だから時間は有り余ってるんだ」
「ぇっ__」
つくしが小さく呟いた声に言葉をのせて
「だからさぁ、この町にのんびりと住もうかなと思ってるんだ」
戯けた声が頭上からする。
「なんで__なんで__」
「っん?なんでって?あぁ、ホラッ、ココ痛いし、寝れないしね。それを治してくれる名医がこの町にいるからね」
つくしは激しく首を振りながら、向きを変えて類を見る。
「そんな、そんな、そんな事は許されないよ__あなたは、あなたは、花沢の跡取りだよ?」
「あぁ、俺一人っ子だからね」
「それが解ってるなら__類は、花沢に帰らなきゃダメだよ」
「なんで?」
「なんでって___類には守らなきゃいけないものがいっぱいあるんだよ」
「守るもの? 守るものなんて、俺にとっては、昔も今もたった一つだよ。 それにさ、俺一人で何とかしなきゃいけない会社なんて、遅かれ早かれその内潰れるよ。まぁ、当面は潰れない様に本気出して来たから__あとは他の奴らでも何とかなるから大丈夫だよ。そのお陰でさぁ、あんたの所に来るのちょっと伸びちゃったんだけどね」
「____」
「まぁ、そんなワケだから__」
愛する男がニッコリと目の前で微笑んでいる。つくしは大きく頭をふり心にもない事を口にする。
「あたしは、あたしは、類を愛してない」
「愛してるよ」
「愛してない」
「愛してるよ」
「愛してない」
何遍かの押し問答の後に
「俺さぁ__丘の上の土地を買ったんだ」
「丘の上?」
「うんっ、乙女椿が咲いてる所」
そう言って、くすりと笑ったあとに
「つくしが寝転がってた反対側にも同じような寝転ぶ場所があるんだよね」
「えっ?」
「今朝さぁ、寝転がってたら叫ぶ声が聞こえた___」
「____」
「会いたい。会いたい。類に会いたい__愛してるって」
つくしは、ブルブルと首を振る
「う、う、嘘よ。そんなの嘘よ」
「嘘じゃないよ__ホラッ、あんまりにもレアだったから」
ポケットからスマホを取り出して録音した音声を聞かせる。
「あ、あたしの声じゃない」
「そう? それでもいいや。俺は、もう決めたから__」
類の両手が強くつくしを抱き締める。
二人の心にまっさらな風が吹く。
fin
乙女椿のロキさまに サイトオープン記念にお渡ししたお話になります。
ロキさま
乙女椿
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