baroque 69
思い出をなぞらえれば
souvenir
どれだけあなたに愛されていたのかを
souvenir
気づかされる
迎えの車に乗り込んだ二人に訪れたのは、重苦しい静寂。
総二郎は、胸の奥がギリギリと痛むほどの苦しい思いを抱きながらつくしの横顔を盗み見る。
車窓から移り行く景色を眺めるつくしの口から微かな溜め息が零れた瞬間___焦りと嫉妬で狂いそうになる。
気が付けば、鬱血するほどに強く両手を握り締めていた。
そんな総二郎の視線につくしは気が付きもせず、目を瞑る。
「つくし、着いたよ」
いつの間に眠っていたつくしは、総二郎の声にゆっくりと目を覚ます。
「アレッ、総?」
着いた先は、いつものマンションではなかった。困惑した顔のつくしを余所に総二郎は、黙ってつくしの手を引き邸の中に連れて行く。
引き摺られるように入ったリビングに一歩足を踏み込んだ瞬間、目に飛び込んで来たのは一面の海。
「すごいね……どこまでも…海」
つくしの洩らした言葉に気を良くした総二郎は、微笑みながらつくし大きなソファーに腰掛けさせた。
ポツリ、ポツリと降り出した雨が窓にあたっている。
「ぁっ、雨……」
暗闇の中の雨……つくしは薫と二人で行った吉田のしだれ桜を唐突に思い出す。
人混みの中を夜出掛けるのは危ないと難色を示していた雪乃の目を盗むように、高等部に進級したお祝いだと薫が連れ出してくれた桜祭り。
樹齢300年の古木と樹齢80年の二対のしだれ桜が絡み合う様に艶やかに咲き乱れていた
桜の艶やかに咲く姿が昼間見せる桜と違って妖しいほどの美しさで、薫の手をギュッと握った。振り返った薫の目が一瞬驚いたあと優しく微笑んでいた。
ポツリ、ポツリと雨が降り出すのも気が付かずに、二人無口で桜を見つめた。ただ、ただ、見つめた。
勢いを増した雨から人が逃げるように帰ったのさえ気が付かなかった。
あの後__二人揃って風邪を惹き、雪乃に大目玉をくらったのだ。
「ふふっ…」
つくしの白い歯がちらりと覗き小さな笑いが零れる。
「つくし…」
どこかに消えていきそうな笑顔に総二郎は慌てて愛する女の名を呼ぶ。
一、
二、
三、
ゆるりとつくしが振り向く。
いつもよりも、無垢で
いつもよりも、あどけなく
いつもよりも、妖艶な顔がそこにはあった。
その顔を見た瞬間
魔物にでも取り憑かれたかのように、総二郎の全身がつくしを求める。
手放したくない。いやっ、手放せない。
総二郎の心に、未だ訪れた事のなかった感情 〝執着〟が生まれる。
嫉妬の焔は、青く青く燃え盛り乱暴なほど強くつくしの身体を引き寄せた。
「……痛いっ」
つくしの眉間に皺が寄る。
「あっ、ごめん」
力を緩めながらも総二郎の手はつくしを離さない。スッポリと抱きかかえるように自分の胸元に引き寄せながら
「つくし……」
離れないでくれと懇願する様に、愛する女の名を呼んだ。
艶かしく名を呼ばれ総二郎に抱き締められてるのにも関わらず___時を引き戻されたつくしの心を占めるのは、しだれ桜の薫の笑顔と、今晩見た薫の笑顔だった。
手放しはしないというように総二郎の舌がつくしの首筋を這う。


ありがとうございます♪
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