紅蓮 94 つかつく
八の字を書きながら真っ青な空にツバメが飛んでいる。
後ろから付いて歩く母親に見守られながら、幼子がおぼつかない足取りで一歩一歩足を前に進めている。
「
幼子を呼ぶ優しい声がする。
永久と呼ばれた幼子は目をキラキラと輝かせながら上を見上げ、満面の笑みを浮かべながら手を伸ばし抱っこをせがむ
「とぉしゃま」
とぉしゃまと呼ばれた男は、手を伸ばし永久の身体を宝物を抱くように抱き上げた。
男の宗谷の腕の中で永久がキャッキャッキャッキャッと嬉しそうにはしゃぎながら覚え立ての言葉「とぉしゃま」を連呼する。
宗谷は、永久の発するその言葉に優し気に微笑みながら
「あぁ、
そう答えた。
その言葉につくしが軽やかな笑い声を立てながら二人を交互に見て
「ふふっ、たった一人の父様って、二人も父様がいるわけないわよね。変なお父様よね。ねっ永久ちゃん」
名前を呼ばれた永久がつくしの顔を見ながら首を傾げてニッコリと笑う。
首を傾げた瞬間___永久の髪がフワリと風に揺れた。
「ふふっ、でも誰に似たのかしらね?凌さんもあたしも真っ直ぐな髪なのにね」
つくしが何気なく発した言葉に、宗谷が眉根を寄せ目を伏せる。永久に視線を這わせていたつくしは、宗谷の見せる悲し気な表情に気が付かない。
記憶を無くしたつくしは、まだ気が付かない。
今のこの暮らし全てがまやかしだと。
まやかしの愛。
まやかしの幸せ。
まやかしの温もり。
つくしの記憶を植え替えた宗谷は、つくしが自分に向ける温かな思いを錯覚した。お腹の中で日々育っていく命がその思いをより強く錯覚を起こさせた。
宗谷は、幸せを得たいと望んだのだ。
妊娠中のDNA検査を避けたのも順調に育つお腹の子になにかあったら大変だと___意識にのせない心の中で思ってしまったからだ。
設楽から今回の話しが持ち上がった時、宗谷の中に芽生えた計画があった。
もしもお腹の子が司とつくしの子ならば、神が美繭の後を追う事を赦したと解釈して___自らの命を絶とうと決めていたのだ。宗谷家は、つくしが産んだ司の子供に任せる。それが〝復讐〟だと。
全ての重圧から解放され____美繭のもとにいくと。
それなのに
永久の顔を見た瞬間___司とつくしの子だと解った筈なのに。
一緒に見守ってきた命が可愛くて愛おしくて手放せなくなった。
決して、自らの命が惜しくなった訳ではない。
ただ___永久をつくしを、宗谷自身が構築したまやかしの中で愛してしまったのだ。
心の中に、美繭を残しているのに。
今なお美繭を深く深く愛しているのに___
幸せを手放したくなくなったのだ。
結果、司がつくしと永久を取り返しに来ない様に設楽にさえも何も告げずに日本を旅立った。
設楽は設楽で美繭が産んだ宗谷の子を慈しんでいる。愛する玲久の代わりに。
宗谷は知らない。美繭が生きていて自分との子を産んだことを。
つくしは知らない。本当に愛する男の子を産んでいる事を。
運命の糸は、まやかしによって絡み合いもつれ合っていく。
永久の巻き毛が光に輝いている。
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