紅蓮 98 つかつく
「パパ〜」
美しい髪をサラサラと靡かせながら、玲が近づいて来る。
満面の笑みで両手を広げて
「玲」
愛しい息子の名を呼び抱き上げる。
「パパ、おひげがくしゅぐったいよ」
クスクス笑う玲の頬に顎を態と擦り付ければ、
「もう、おかえし」
そう言いながら小さな手で首もとをくすぐろうとする。
誰が教えた訳じゃないのに___玲久が俺にした事と同じ事をする。
恨んだ神に感謝をしたのは、玲が産まれた瞬間だった。
玲は不思議な事に生物学的な父親である宗谷よりも、玲久にそっくりだったのだ。
あの日、玲久と共に天に昇っていってしまった子の生まれ変わりだと確信した。
一番似ているのは、黒真珠のようなこの瞳だ。
角度が変わると光沢のあるグレー色に見える。美繭の目にどうしても施す事が出来なかった色だ。それを、この子が持っている。
「坊っちゃま、逃げ足が早くなられて。もう追い付くのに大変でございます」
「ヤァがおしょいんだよ」
「あらっ、ヤァが遅いんですか」
「うんっ」
「うんっ?玲、逃げ足って?」
「あっ!!」
ペロリと舌を出して
「チーズパイ、2こ たべちゃったの」
「あははっ、そんな事か」
「旦那様、そんな事かじゃございませんよ。まだお小さい子がお夕飯の前におやつを沢山召し上がったらお腹が膨れてしまいますよ」
キリリとした顔で俺と玲を交互に見る
「ごめんしゃい」
「悪い。悪い。でも、チーズパイだけは置いてあったら食っちゃうよな」
「うんっ、くっちゃう」
安代さんが笑いを噛み殺して___
「玲坊っちゃまの、チーズパイ好きは筋金入りでございますね。旦那様に似たんでございますね」
玲久がそうだった。
どんなにダイエットだなんだと言ってても___チーズパイを目の前に差し出せば
『もぉー 雄ちゃんの意地悪』
そう言いながら頬張っていたっけ。
安代さんの言葉に
「いや、玲久__玲のママに似ているんだよ」
「……然様でございましたか。では、奥様が生きていらっしゃったらチーズパイの取り合いでございましたね」
本気で息子とチーズパイを取り合う玲久を想像して笑みが零れた。
「あぁ、そうだね」
「ママ?」
「あぁ、玲はママに似てるんだ。玲の中にママがいっぱいいっぱいいるんだよ」
「パパ、しゅごいね」
抱っこされながら、パチパチと両手を打ち合わせている。
「あぁ、凄いね」
「あっ、パパ、ちょお」
アゲハがヒラヒラと飛んでいる。
俺の腕の中からするりと降りて、アゲハを追い掛けていく。
小さな後ろ姿を見つめながら、幸せを噛み締めた。
玲は、母親の温もりを知らない。
そう___玲を産んだ美繭は全てを思い出した。
だから
全てを壊した。
玲は、母親を知らない

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