紅蓮 99 つかつく
動きを止めていた歯車が一斉に動き出す。
車椅子に座った女の周りをヒラヒラと青いアゲハが舞っている。
女は、青いアゲハに指を伸ばしニッコリと微笑む。
その顔には、苦悩も悲しみも___なにもない。
そこに居るのは美しく綺麗な人形……
辛い事も
苦しい事も全て忘れ、
ただ微笑んでいる人形だ。
__玲を出産した美繭は、出産の影響からなのか?
作り上げ植え付けられた玲久の人生全てを忘れ、
美繭として生きてきた全ての事を思い出した。
状況が解らず狼狽え怯える彼女の元に設楽は呼ばれた。
美繭を見た瞬間、全てを思い出したんだと設楽は理解した。
彼女の記憶は、自らの身体を傷つけ命を絶った日で止まっていたのだ。
自分達の人生には美繭は不要なんだと理解した。
それが神の啓示なのだと……
美繭に優しく笑いかけながら
『宗谷美繭としての君は死んだ事になっている。ここからちょっと先の海が見える丘で少しの間暮らしていたんだよ』
そう説明した。
『凌は?凌は?』
『君の事は綺麗さっぱり諦めたようだよ。だから安心していいんだよ。妻を娶って宗谷凌は幸せに暮らしているよ』
『……そぉ。幸せなのね』
『あぁ、君の望み通りね』
美繭の胸に突き刺さるような悲しみが生まれた。命をかけて愛したのに___愛した男は、自分を直ぐさま忘れ去り愛する女を見つけている。確かに、死の間際、凌の幸せを祈った。それでも___それでも___凌に愛していて欲しかった。
美繭の瞳からツゥッーーと涙の雫が零れ落ちた。
追い討ちをかけるように
『お相手は、牧野つくしさんと言ってね、あっ、美繭さんも会ったことあったよね?』
美繭の頭は混乱を来す。
何故? あの子が? 凌と
あんなキレイな恋……私もしてみたかった___そう思った相手なのに。彼女が羨ましくて堪らなかったのに
『何故?何故?』
『さぁ、解らないけれど__男は綺麗なものを愛するからね』
綺麗なものを愛する___
この言葉を投げられた瞬間、美繭の中に全ての過去が蘇る。
信じてきた幸せが龍之介の手によって一瞬で散ったあの夜。
その日から醒めない悪夢。
淫らに改造され調教された身体。
それだけじゃない___
自分と凌の恋は決して許されない禁断の恋だ。
綺麗なものとはほど遠い、
いや、
真逆にある恋だ。
美繭の心が真っ赤な血で覆われて行く。
部屋の中の空調は快適な温度を保っている筈なのに、
凍えそうな寒さが身体を襲う。
凍える寒さは鞭のように肌を切り裂き、
切り裂かれた肌からは真っ赤な血が流れ出ているように感じる。
美繭の身体を寒さと痛さが覆いつくす。
痛い 痛い
堪らなく痛くて美繭は肌を摩った。
トントンッ
ドアがノックされ、看護士が赤ん坊を抱いてやってくる。
入り口で赤ん坊を大事そうに受け取った設楽が優し気な笑顔を浮かべながら
『そうそう、お祝いの言葉がまだだったね』
『お祝いの言葉?』
『あぁ、出産おめでとう』
『......出産?私が?』
『あぁ、この子は君の子だよ。そうそう、彼は、可愛いらしいウエヌスのえくぼを持ってるね』
ウェヌスのえくぼ___愛する男の身体にもあったえくぼ。
『ウェヌスのえくぼは、遺伝するらしいね。美繭さん、君の身体にもあるのかい?』
温厚そうな瞳が美繭の顔を覗いた。
『いやぁっーーーー』
産んではいけない赤子を目の前にして、美繭の精神が崩壊する。
♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
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