紅蓮 100 つかつく
「ちょ__う、き…れ…ぇ」
美繭の口から久しぶりに出た言葉に、後ろに居た男が嬉しそうに答える。
「あぁ、綺麗だね。美繭は小さな時から蝶が好きだったもんな」
男は青いアゲハを見つめる。アゲハは、美繭の周りをヒラヒラと美しく舞う様に飛んでいる。
精神が壊れた美繭の顔は、闇の世界の美容整形医の手によって、眼球に施された人工虹彩は抜き取られ、玲久と似せるために施されていた鼻と顎の人工プロテーゼが取られた。
設楽が耳介軟骨を使わせずに人工プロテーゼを使い顔を弄ったのもこの事を見据えた上だったのかもしれない。
除去出来るものは、全て除去され、玲久の顔ではなくなっている。ただ、削った箇所に関しては復元する事は出来ない。
よって、玲久に似せて作られた顔でも、美繭本人の顔でも無くなっているのだ。
「風が出てきたみたいだね。そろそろ部屋に戻ろうか?」
車椅子を押しながら男は美繭を愛おしそうに見つめる。
主を、
全てを、
裏切ってでも守りたかった女だ。
でも、微笑む彼女は、美繭であって美繭でない___
もう一度、美繭に会いたいと男は渇望する。
会って美繭の鈴の音のような愛くるしい声で
「朔也」
そう呼ばれたいと。
女の瞳に昔と同じように光が宿れば___側に居た男が苦笑を漏らす。
「そうなれば美繭はまた地獄の苦しみを味わうだけだ___」
呟いたあと
「違うか。そうなれば、美繭がこんな風に俺の隣りにいてくれないだけか___」
それでも美繭に会いたい。
会って彼女の輝くような光りに包まれたい……そう願ってしまう。
光り……ふとつくしの事を思い出す。
無体な事をした。
彼女の精神が壊れていく瞬間、宗谷の命のまま逆らいもせずにつくしを抱いた事を激しく後悔した。
だが、つくしの身体はあまりにも甘美で……
途中から、宗谷の命だという事を忘れ貪るように抱いていた。
あの瞬間……己は人の心を捨てたのだと悟った。
目覚めたつくしが全てを忘れているにも関わらず男の顔を見ると発作を起こすようになった。身重のつくしを労る宗谷に莫大な財と引き換えに切り捨てられたのは、つくしを壊してしまった報いなのだろうと、黙って受け入れた。
半年ほど経った頃、そんな二階堂に声をかけてきた女がいた。
驚きと共に彼女の指示に従った。
半信半疑だったが……騙されたとて失なうものなど存在しない。
なら話しに乗ってみようと思ったのだ。
結果、壊れてしまった美繭が横にいる。
二階堂にとってそれが
幸せなのか、
不幸せなのか解らない。
「でも、美繭、俺は君を失いたくない」
ポツリと本音を呟いた。
美繭がクルリと後ろを向き焦点の定まらない瞳で微笑んだ。
幼き日よくしたように美繭の頭を優しく二つポンポンと叩いた。
風が吹く。
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