baroque 76
涙を流すつくしをインディゴちゃんは抱き締めた。
「インディゴちゃん、インディゴちゃん、あたし、あたし」
「いいんよ。いいんよ。」
インディゴちゃんの指先が優しくつくしの涙を掬い頬を撫でる。
堰を切ったように、つくしの瞳から涙が溢れ出していく。
どれくらい泣いただろう?
泣き疲れたつくしは、疲れと風邪薬が加わって、今度は夢も見ずにぐっすりと眠った。
つくしが起きた時には、外はすっかり夕焼け空だった。
ペタンッ
つくしは、靴を履かずに床に足を下ろした。物音に気が付いたのか
「起きたとね。具合はどうと?」
インディゴちゃんがつくしの方を振り向き、近づいてきて額に手を当てる。
「うんっ、熱は下がったとね。汗びっしょりやね、そこに服用意しといたからあっちで着替えておいで」
「うんっ。ありがとう」
「さて、今晩は腕をふるっちゃいましょうかね」
インディゴちゃんが食事の用意をする間、お風呂に入る。総二郎の家に置いてあるシャボンとは違う匂いに包まれながら身体と心が癒されていくのを感じる。
ふと目を開けた瞬間___赤黒く鬱血した噛み跡が目に入って来る。目を逸らしたくなる程に醜い跡なのに___身体の奥がジュンッと疼いて、総二郎の齎らす快楽の記憶がつくしを包みこんだ。
プルプルと頭を振り、勢いよくお風呂から出て熱いシャワーを浴びた。
用意されたルームウェアを着てダイニングに戻れば、テーブルの上にはつくしの好きなものばかりが並んで居る。
「うわっ、美味しそう」
「美味しそうじゃなくて、美味しいのよ。ほらほらっ、た~んと食べるんよ」
楽しい会話と美味しい食事、和やかに時間が過ぎていく。
少し前まで総二郎ともこんな時間を過ごしていた筈なのに……
いつ連絡が入っても直ぐに対応出来るようにとテーブルに置かれたスマホの存在が、いまのつくしの窮屈さを物語る。
行動を制限されているわけではないのに……壊れるほどに抱かれるのが嫌でつくしは総二郎の反感をかわないようにしている。滑稽だと自分でも感じる。
嫌なら嫌だと言えば良いだけなのに、総二郎の狂気ともたらされる快楽に晒されると何も口に出来なくなるのだ。
「ハァッ」
つくしが溜め息を吐く。
「アラアラ、随分と大きな溜め息と。幸せがひとつ逃げていくとよ」
そう言いながらインディゴちゃんがつくしのグラスに、赤いサングリアを注いだ。
つくしの手元に置かれたスマホがカタカタと音を立てた。
スマホに出るために立ち上がったつくしを眺めながら、つくづく“ 因果な娘 ” なのだとインディゴちゃんは感じていた。
つくしのもつ魅力に惹かれた者達は、つくしを自分の手元に置きたがる。逃げても逃げても“それ”からは、逃げ切れなくて……束縛され、自由を奪われるのだ。
「……薫の意図がやっとわかったと」
ポツリとインディゴちゃんが呟く。
薫はつくしを確実に手に入れるため、今はただうたたかな自由をつくしに与えているに過ぎないのだと。
「身を斬らせてか……」
並大抵の覚悟で決断したわけではないだろう。本当なら今すぐにでもつくしを引き戻し、閉じ込めてしまいたい筈だ。
でも、つくしが選び、自らの意思で戻らなければ何の意味もないと薫は理解しているのだ。
薫と総二郎の一番の差は……つくしを手に入れた後に続くその先の未来だ。
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