baroque 77
夜空に輝く月明かりのように、暗闇に輝く一条の光……
薫にとってつくしは、そんな存在だ。
膝を抱えてソファーに座る。
辛いとき、悲しいとき、寂しいとき、苛立ったとき、決して人前では見せないけれど……薫がする癖だ。
膝を抱えて座る小さな薫を膝の上に抱き抱え、子守唄を歌ってくれたのは母だった。そんな母との馴れ初めをまだ幼い薫に話ながら膝の上に乗せてくれたのは父だった。
両親が亡くなり膝を抱えて座る癖は無くなった。いや、人前ではしなくなった。
祖父母は薫のためになんでもしてくれた、心から愛し可愛がってくれた……でも、祖父母の前では、いつでも少しだけよそ行きの態度を崩さなかった。元気を出さない自分を見せれば祖父母を悲しませてしまうから。周りのみんなが余計な心配をしなくて済むように、いつでも気を張っていた。
なのに、あの日___つくしの隣で無意識に膝を抱えて座ってた。
背中に熱を感じて振り向けばつくしがいた。いつもは、五月蝿いくらい薫にまとわりついて来るつくしが覚えたてのリリアンを編みながら黙って座ってた。
背中の温もりが心地よくて、涙が溢れそうになった。愛してるなんてことを感じる前に、この温もりを失いたくないと小さな薫は思った。
「薫君は、あたしの優しい王子様だっちゃ」
頬を赤らめながら話すつくしの言葉を聞いた時、いつまでもつくしの優しい王子様でいたいと薫は願い、それまで以上に勉学に運動に励むようになった。
そこまで思い出して薫は小さな声で愛する者の名を呼んだ。
「つくし…」
愛してる
愛してる
愛してる
いまこの瞬間だって、つくしが総二郎に抱かれていると思うと、嫉妬で身が張り裂けそうだ。
でも、この先つくしと共に過ごす時間と比べれば些細な事だ。
それにもともとつくしが学生のうちは、好きにさせると決めていたのだから……
「ふっ」
解っている。自分が宝珠薫の仮面を被り強がっていることは。
でも、一時の感情に負け、つくしを自分の未来設計図から失うわけにはいかないのだ。
薫は、理性と言う最大の武器をつくしとの未来を想像することによって手にいれたのだ。
ただ、それが想像以上に苦しいだけだ。
カランッ
グラスの中の氷が溶ける音がする。
RRRR………
薫の意識を引き戻す音が鳴り響く。
なん十回となり、再び鳴り出すコール音。
『なに?』
『なにじゃねぇよ。たまには二人で飲みに行こうぜ』
『かったるい』
『かったるいって言葉が出るって事は、明日は休みだろ?』
勘のいい親友の言葉に薫は苦笑する。
『てなわけで、お前が泊まってるホテルのbarにいる』
『っん?泊まってるホテルって、いま東京だよ』
『知ってんぞそれくらい。で、そこにいる。だからそのまま出てこいよ。出てこなかったら俺がお前の部屋に襲撃するだけだけどな』
『解ったいま行くよ』
薫は立ち上がり、背伸びをひとつして部屋を出た。
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