金魚とトマトと初恋と 前編
ブログお誕生日おめでとうございます。
お誕生日にあたり、パンダの野菜たちが1つのお話を作りあげました。
さてその野菜たちは何人いるのでしょう?
そしてどこを担当しているのでしょう?
種明かしは全編お読みになった後に、お祝いメッセージと共にお届けしたいと思います。
それではどうぞお楽しみくださいませ。
パンダの野菜たち より
暑い夏が過ぎ、過ごしやすい季節になって来た。
いつもの通学路だけど、ふと立ち止まれば空も風も街路樹も、秋の匂いがする。
俺は横断歩道の向こう側に視線を移し、今日も店の中で笑顔で接客している彼女を確認して、安心した。
俺に気付いてくれて、小さく手を振ってくれるのが嬉しい。
良かった、今日も元気そうだ。
これから話す事は、俺が今年の夏経験した淡い淡い初恋の話。
少し恥ずかしいけど、聞いてくれる?
俺?俺は、あの店で彼女の前の時間帯にバイトしてる母さんの息子。
母さんは、僕の事を『パンダ』と呼ぶ。
俺も、気に入ってたりするけど……、母さんには、内緒。
***
「ハァ、あっちぃな...」
その日───
学校からの帰り道、茹だるような夏の暑さに僕は辟易していた。
えっ? 何で急に『僕』なのかって?
その頃は、ほら。
まだ彼女と出逢う前で、少しばかり幼かったんだ。
フフッ、意味が解らなくても、もう少し付き合ってよ?
兎に角、その日は滅法暑くって...
道端を無邪気に黒のランドセルを背負って元気に駆けていく小学生達の、なんと呑気な事か...
とはいっても、自分も少し前まで、そちら側に居たのだけれど...
ようやく着なれてきた制服ってやつは、僕を少しばかり大人の気分にさせるらしい。
「…ハァ、全く…俺もあの頃に戻りたいよ」
な~んて、大人のふりして呟いてみれば、少しは溜飲も下がるってもんだ。
それにしても...
「あっちぃ...」
額の汗がたらりと垂れて、蝉の声が煩いくらい…
そんな中
チリリーン───
不意に涼やかな風鈴の音が、僕の鼓膜を擽った。
「あれ、こんな所に...」
新しく出来た店だろうか。
目の前には落ち着いた一軒の和菓子屋があって、なんとなくその中から涼しい風が吹き抜けてくる気がして、僕はふと足を止めて見上げた。
でも、まさか中学生が、こんな和菓子屋にふらりと立ち寄る訳にもいかずに...
ちょっとだけ躊躇した、その時だった。
「いらっしゃいませっ」
「えっ」
眩しい笑顔が、目に飛び込んでくる。
「ホント暑いですねぇ… うん!こう暑くっちゃ、帰るのも怠いってもんよねっ?」
やけに元気な店員のお姉さんが一体誰に話しかけているのだろうと思いきや、それはどうやら、僕のようで...
「あぁ、ごめんごめん! フフッ、暑いのに毎日、君も偉いよねっ? 少年」
「いや... その、はい。なんとなく、涼しそうだと思って...」
突然話しかけてきたのは向こうなのに、いや、明らかに可笑しいのは彼女の方なのに...
何故だか僕は、咄嗟に言い訳めいた事を口にしてしまう。
だけど、
「うんっ、中は結構涼しいのよ~♪ あっそうだ!良かったら少年、君もちょっと、涼んで行く?」
大きなキラキラした黒目が、クリッと動いた。
あっ、なんか...今...
「はい、じゃ、少しだけ...」
何故だか、胸の奥がドキッとして
僕は彼女のパワーに引き摺られるように、店内へ足を一歩踏み入れる。
「...あっ、涼しい...」
ひんやりと心地よい中の空気が額の汗をサッと冷やしてくれる。
「…少年は部活帰りかな? フフッ、いい色にこんがり焼けてるねぇ~」
「はぁ、まぁ...」
あらかた運動部か何かと勘違いしてるんだろう。
だけど彼女は僕の方をちっとも見ることもなく、忙しなくカウンターの中で働いてるみたいで
「はいっ、これ冷たいお煎茶ね? 飲んでいいよ? 今お客さん少ないから、サービスしちゃう」
トンっ、と静かにカウンターに置かれたガラスのグラスに、僕はごくりと喉を鳴らした。
そっか。サービスっていうし、この人はどうみても、悪気は無いみたいだし...
「じゃ…頂きます」
勧められるまま、一口そっと口に含んでみると。
─苦... くない...??
「フフッ、苦いと思ったんでしょ?」
「あっ、いえ... はい」
なんでだか、また胸がきゅっと苦しくなる僕の前に…今度は美しい金魚の入った、透明のゼリーみたいなのが差し出される。
「だったら、これもどうぞ召し上がれ? 寒天なんだけど、凄く綺麗でしょう?」
確かに...
こんな綺麗な和菓子なんて、食べたことない...
でも
「えっ? あの…良いんですか? お金は...」
思わずポケットの財布を探る。
えっと、今日はいくら、入ってるんだっけ...??
「あっ、やだやだ! 要らないのよ? これはお喋りに付き合ってもらった私の奢り!って、ほら見て? そんなに高くも無いし...ねっ」
「あっ、ホントだ」
いや、『ホントだ』、じゃ、無いんだけど...
突然ふらりと入った和菓子屋さんで、初対面の店員のお姉さんに奢られるなど、果たして親とか学校的に大丈夫かな?とかいろいろ...
いつもみたいにグダグダと考える前に、でも僕は、彼女の指差すショーケースの先に、すぐに魅入ってしまった。
「...スゲっ。 てか、これがみんな、この値段?」
見ればどれも細かい細工が施された色とりどりの鮮やかな和菓子が、キラキラと美しく光って...で、それがみんな、一個数百円で買えちゃうって、どういうことだよ?
「フフッ、どれも可愛いでしょ? 気に入ってくれた?」
驚いた僕を見て、彼女が嬉しそうに笑った。そっか。この人も、きっとこの和菓子が好きなんだ...
「はい、あの、このくらいなら、俺の小遣いでも買えるかな、って...」
何故だかまた、勝手に口が滑る。
いや、取り敢えず落ち着け...
でも
「わぁ嬉しい!気に入ってくれたんだ? じゃあ是非、今度は買いに来てよっ? 少年」
「しょ、少年じゃありません! 母さ、いえ、友達からは、パンダってあだ名で呼ばれててっ」
くそっ、なんで俺、余計なことを...
「わっ、パンダって... フフッ、そうなんだ! とっても可愛いあだ名だねぇ」
うわっ、何でだ...
また胸がギュッとして、うまく話せない
「あの、ちなみに部活で焼けてるのは運動部とかじゃなく、バイオ部なんです。毎日、畑に行ってて...」
不味い...
これは言ってから、シマッタと後悔する。
だって、そりゃクラスの女の子からは『パンダ君は癒し系よね?』とか、よく言われるけどさ?
でも、普通に運動部のスポーツ男子って思われてた方が、きっと良かったんじゃ無いかって...
だけど、
「何それ!? 凄いね!! バイオ部って…えっ? それで日に焼けるってどういうこと??」
神様!!
彼女が俄然食い付いてくれたことに、僕はちょっぴり感謝しながら...
「えっと… 畑に行って作物を育てたりとか、あとは土を調合したり...あと、雑草の研究なんかも...」
「ええっ! あはっ、良いねぇ♪ 雑草かぁ」
「は、はい?」
クラスの男子だって、ましてや母さんだってこんな話、くいつきやしないのに...
不思議に思い、彼女に訊ねると
「実はあたしの名前もね、つくしっていうのよ?」
「えっ?」
「フフッ、『牧野つくし』っていうの。ちょっと珍しいでしょ? …あ、ねぇパンダ君。良かったら是非、また和菓子、買いにおいでよ、ねっ?」
この瞬間、僕は彼女の笑顔に、完璧に恋に落ちたんだ。
うん。こんなに素敵な偶然が重なるなんて、なかなかあり得なくて...
まさにこれは、きっと運命の恋だと...。
でも
この時の僕は、この素敵な彼女を取り囲むあの人達の事を、まだちっとも知らなかったんだ────
***
翌日…
土曜日だというのに、早朝から部活動があった
春に植えた夏野菜の収穫と水やりだ
出かけに、母さんが大きなビニール袋を持たせてくれたが、内緒でもう一つビニール袋を持ってきた
もちろんそれは、つくしさんへのプレゼント
いや、お礼だな…
昨日の煎茶と寒天のお礼…
うん…お礼だ!
僕がバイオ部って事も知っているし、畑や土いじりをしている事も話した
そこで収穫した物だから…と言えば、きっと喜んで受け取ってくれるはず
僕は、きゅうり、ピーマン、ミニトマトを次々収穫していく
そして、比較的綺麗なものをつくしさん用、それ以外を母さん用に分けた
その為、母さんに貰った袋には、半分ほどしか入っていない
母さん…ごめんな
きっと今日も、大量の野菜を楽しみにしているんだろうな
少し心が痛むが、今回はどうしても譲れない!
僕は、母さん用の袋を鞄に仕舞い、つくしさん用の袋を手に、ドキドキと高鳴る胸を必死に押さえ、和菓子屋へ向かった
あっ! いた!
店内につくしさんが居ることを確かめ、そっと扉を開けた
「いらっしゃいませ! あっ、パンダ君?」
「あっ、こんにちは」
「どうしたの? あっ、今日も涼みに来たのかな?」
「あっ、いえ…あの、これ!」
僕は、野菜の袋を掲げる
「今日、バイオ部の活動で、野菜の収穫をしてきたから! そっ…そのっ…昨日のお礼です!」
「わっ、ほんとに?ありがとう」
あっ、この笑顔…
すごく可愛いと言うか、目が離せないというか…
魅力的だな…
やばっ…ドキドキして…
今にも心臓が飛び出しそうだ!
そんな僕の後ろから、威圧感たっぷりの声が聞こえた
「おい! 俺様を差し置いて、プレゼントとは良い度胸だな!」
「えっ!」
振り返ると、モデルのようなかっこ良い男性が、僕をギロリと睨んでいた
恐っ!
しかも…他に三人もいる
薄茶色の人は、値踏みするように見つめてるし、黒髪の人とウエーブのかかった人は、ニヤニヤしてるけど
だっ、誰?
後編
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