紅蓮 101 つかつく
沢山の使用人が一斉に頭を垂れる。
宗谷に抱きかかえられながら
「とぉしゃま、ココは?」
「うんっ?ここはね、父様の育った屋敷だよ」
「そだぁった?」
「あぁ、父様は、ここで生まれて、ここで大きくなったんだよ。そうそう父様と母様が出会ったのもここの屋敷だったんだよ」
「であった?」
「そうだよ。いまの永久くらいの時に、父様と母様は出会ったんだよ」
「とぁしゃまとかぁしゃまが?」
「あぁ、だからここに帰って来たんだよ」
つくしに施した虚偽記憶が薄れてきた事に恐れをなした宗谷は、直ぐ様に設楽に連絡を取り日本に帰国することを決めた。
当初は、つくしが永久を産んだ洋館に戻る筈だったのが、虚偽記憶を再度植え付けるためには、本邸の方がいいと言われ、ここに戻ってきたのだ。
「とぉしゃま、トワちゃん おんりしゅる」
下に降り立った永久が、お辞儀をしながら
「わたし、トワちゃん」
にこりと笑う。
使用人達の視線が一斉に永久に注がれる。今までの堅苦しさが一瞬で消え、温かで好意的なものへと変わっていく。
近寄りがたいような美しい容貌なのにも関わらず、愛を受けて育ったもの特有の屈託のなさと、母親譲りの笑顔で、永久は、どこにいても周りのものを魅了するのだ。
そんな光景を見るたびに、宗谷の胸には、誇らしさと共に苦しさと恐怖が広がる。
永久を、つくしを、幸せを失いたくないと。
「凌さん、どうされたの?」
つくしの声で我にかえる。
「あっ、いやっ……我が家の姫君は、どこにいても物怖じしないなと思ってね」
「うふふっ……凌さんの血かしら?」
つくしが宗谷を見上げ、笑みを返す。宗谷は、つくしの腰を抱きよせながら
「つくしに、つくしにそっくりだよ……」
万感の思いを込めて、言葉を返した。
回廊を走っていた永久が振り返り
「かぁしゃ~ま、おんも、おんも」
つくしを呼んでいる。
「はい。はい。いま行きましょうね」
抱き寄せられた腕から飛び立つように、つくしが永久の後を追う。
永久の手を引き、中庭に続く窓から庭におりれば、赤や黄色の紅葉が二人を出迎えた。
「かぁしゃま、みて、みて」
永久が指を指す方をつくしが見れば…………時期外れの蝶々がヒラヒラと飛んでいる。
蝶々を見た瞬間、スギンッと、つくしの頭が痛む。
少し我慢すれば痛みは通り過ぎるので、倒れた後から頻繁に繰り返す頭痛のことは、宗谷には話してはいない。
「心配し過ぎるのよね」
小さな声で呟けば
「しん…ぱ…い?」
永久がつくしを見上げて聞き返す。
つくしは、永久の黒髪を撫でながら
「父様は、母様と永久ちゃんをお姫様みたいに扱いますね。ってことよ」
つくしが微笑めば
「おひめしゃま? トワちゃんおひめしゃまー」
嬉しそうに永久が笑う。
日本に帰る事にしたと宗谷から伝えられたのは、半月ほど前になる。慌ただしく時が過ぎ日本に戻ってきた。
どんなに警護をつけようと、なにが起こるかわからない異国の地で二人を危険な目に晒したくないと懇願され、なに不自由することはないとはいえ、半ば軟禁状態でつくしと永久は暮らしてきたのだ。移動だけと言えど、つくしにとって久しぶりの表の世界だった。それに……
「今度は、日本。永久にも同じ年頃のお友達が必要よね」
「とーだち?」
つくしの言葉を返す永久に
「そうよ。お友達。一緒に遊ぶのよ。永久ちゃんも欲しいでしょ?」
「あい」
「じゃあ、父様に頼んでみましょうね」
蝶々がヒラヒラと二人の周りを飛んでいる。
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