無花果 ~過去06~ 類つく
膨大の量の撮り貯めた写真で作ってくれた家族のアルバムには、あたしが、進が、パパやママが写した千暁さんの写真も沢山含まれている。
無花果を頬張るあたしの写真が……広告媒体としてフォトグラファー御堂千暁のクレジットで誌面に載ったと同時に『無花果』の写真集が発売された。
とは言え、どちらの写真もあたしの口元や後ろ姿が撮されているもので仲の良い友達でさえ、無花果の少女があたしだと気付かなかったほどだ。
瞳子おば様があたし達家族の元に訪れたのは、一月ほど経った麗らかな日差しの午後だった。
ドアが勢いよく開いて
「ママ、ママ、大変だよ」
叫び声をあげながら、パパが飛び込んできた。後ろには、凄く上品で美しい女性が微笑んでいた。
「と、と、瞳子様……ご無沙汰しております」
ママは驚きながらも普段見たこともない、きちんとしたお辞儀を瞳子おば様にした。
「千恵子、本当に久しぶりね。
今、櫻之宮でここら辺り一帯のリゾート事業が持ち上がっていてね。今日はその下見に来たのよ。まさか、そこで牧野さんにお会いするなんて、思いもしなかったわ。
偶然ってあるのね」
ママは凄く驚きながらも瞳子おば様との再会を喜んだ。
優雅な仕草で美味しそうにお茶を飲む瞳子おば様は我が家には、とても不釣り合いで、なんだか少しコミカルな気がした。
「私の顔になにかついていて?」
優しい笑顔で聞かれて、不躾に見ていた自分に気が付いた。あたしは慌てて首を振り
「そのフィグティー、美味しいですか? 千暁さんが持ってきてくれたんですよ」
そんな関係ないことを咄嗟に口にしていた。
「チアキ?」
そう聞き返してきた瞳子おば様に、牧野家プラス千暁さんの入った写真立てを指差して
「この人です。あっ、あっ、あの、東京に住んでるので、変わったものとか色々お土産に持ってきてくれるんです。先週来たときにこの紅茶は持ってきてくれたんですよ」
何が可笑しかったのか?瞳子おば様は、クスクスと一頻り笑ってから
「こんな、偶然ってあるものなのね。うふふっ、うちの長男よ」
ママとパパが、これ以上目を開けないというくらいに、目を見開かせて
「千暁様だったんですね。通りで懐かしい気がしました」
なんとも寝惚けた事を口にした。
「父の意向で千暁さんは三つでイギリスの寄宿舎に行ってしまわれたから……本当に小さなうちだけしか手元におけなかったから、千恵子が分からなくてよ
千恵子、万里のことは覚えていて?」
「はい。よく覚えておりますとも。万里お坊ちゃまは、お元気でいらっしゃいますか?」
「えぇ、元気でしてよ。毎日、忙しそうにしていてよ。今度は万里を連れてくるわね」
帰りがけ……
「これも運命なのね」
瞳子おば様は、あたしを見て嬉しそうに小さく呟いた。
誰にも聞こえないような小さな声だったのに、その瞬間の声を、何年経った今でもあたしは鮮明に覚えている。
仕事が忙しくなって中々来れない千暁さんの代わりのように、一月に一度沢山のお土産を抱えて、瞳子おば様が牧野家にやって来るようになった。
それ以外、表面的にはこれと言った変化はなかった。
あの日進は、リレーの代表選手に選ばれたんだと嬉しそうに話していた。あんまり嬉しそうに話すから、頑張ったお祝いだと言って、あたしの分のショートケーキを上げた。ニコニコと嬉しそうに笑ったあと
「姉ちゃん、夜、雨降るんだってよ。傘持ってた方がいいよ」
いまあげたショートケーキを食べながら、進が口にしていた。
「うん。わかった。進、ありがとうね」
そう確かに口にした。なのに、あたしは……用意した折り畳み傘をテーブルの上に忘れていったのだ。
塾の授業を終え外に出ようとす
れば、雨がザーザーと降りだしていた。鞄の中にある筈の傘を探した。傘はなく、代わりに点滅している携帯を掴んだ。
『あっ、姉ちゃん、傘忘れただろう? いまさ、母ちゃんにコンビニ行くように頼まれたから、ついでにさぁ、塾まで傘持っててやるよ』
『うわっ、助かる‼ ありがとうね』
『ハハッ ケーキのお返し』
そんなやり取りをして電話を切った。なのに、待てど暮らせど進は現れなかった。目の前をピーポーピーポーと救急車が走っていく音がして、堪らずに塾を飛び出した。
ザーザー降りの雨の中であたしが見たのは、血の気のない進の顔と、道に落ちたイチゴ模様のあたしの傘だった。
進は歩道橋の階段で人とぶつかり下まで落ちたのだ。病院に搬送され緊急手術が行われた。幸いなことに命に別状はなかった。
ただ、粉砕骨折した足は稼働領域が狭まり、日常生活に支障を来すと診断を受けたのだ。
あたし達家族は、他の可能性はないかと必死で模索した。そして希望を見つけた。日本にはない高度医療とリハビリを受けるために渡米する。
立ち塞がったのは、治療にかかる期間と金銭的な問題だ。保険金が下りたとは言え、どのくらいかかるとは分からないアメリカと日本での二重生活、加えて向こうでかかる治療費。
パパは、一縷の望みをかけてアメリカ転勤の希望を出した。瞳子おば様は、あたしが櫻之宮で暮らす事を条件に、パパの転勤に力を貸してくれた。
そうして……中学二年の春からパパ達が帰ってくるまでの二年間、あたしは櫻之宮で暮らすことになった。
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