無花果 ~過去07~ 類つく
「つくし、どうした?」
過去へと想いを馳せていたあたしの顔を千暁さんが覗き込む。
「あっ、うん……千暁さん、いつ迎えに来てくれる?」
「夜には来れるようにする」
「うん。じゃ、頑張る」
「あぁ。いつも悪いな」
だったら静さんと別れて……と、言いそうになって、慌てて首を振った。
「じゃ、おやすみ」
いつものように、おでこにお休みのキスをひとつ残して、千暁さんは部屋を出ていこうドアノブニ手をかけて、何かを思い出したように振り向き
「そう言えばその服、つくしに凄く似合ってるぞ。選んだやつ、すげぇつくしのこと見てるな」
ニヤリとしながら、部屋を出ていった。
あたしの事を見てる? そんなわけない。
あっ、そっか
別に良く見てるのイコールが好意を持っているわけじゃないんだ。
そうだよね。
嫌いだから、憎いからこそ……なんだよね。
好きなら、あんなに乱暴になんてしないよね。
そこまで思い出して、涙が出そうになる。頬をひとつ軽く両手で叩いて、クラッチバックから携帯を取り出し中を確認する。
友達からのお祝いメールと共に、進からのメールが入っている。
姉ちゃん、17才おめでとう!
千暁兄ちゃんからはプレゼント貰ったか?
俺からは、帰ってきたら渡すけど……チラ見せ
なんて、書いてあって、そのあとに、あたしのお気に入りのキャラクターのキーホルダーとマフラーの画像が添付されていた。
あたしの中に、温かなものが流れ込んでくる。
進のためなら何でもしてあげたい。心のそこから湧き上がってくる想いだ。
……進の足の治療は、幾度かの手術と入院代で莫大の費用を要した。瞬く間に保険金が消えていった。生活に困ることはなくともリハビリ代を捻出するのは大変だっで、下手すれば志半ばで諦めなければいけない状態だった。
そんな時……
「つくし、俺と契約しないか?」
千暁さんが、そうあたしに話を持ちかけてきた。
「契約?」
「無花果の専属モデルになれ」
そう言って三千万の小切手をポンと出したのだ。驚くあたしに
「怪しい金じゃない。まぁ、俺、一応、財閥の息子だしな」
「でも、継がないんでしょ?」
「あぁ、継がない。だが、じい様が生きてたころに譲り受けた生前贈与だ」
「使ったら不味くないの?」
「うーん。わからないけど、進は俺の可愛い弟みたいなもんでもあるしな。俺も力になりたい」
「こんな大金、もらえないよ」
断るあたしに
「いやっ、やんないぞ。お前がこれから俺と稼ぐんだ」
ニッコリと笑ってから、髪に指を絡ませ
「先ずは、髪を伸ばして日焼けはすんな。で、もって、ジムとピアノに通ってくれ」
指示を出された。それでも三千万なんて大金貰えないと断ろうとすれば
「これを使わなきゃ、お袋や親父が金を出すことになる。そしたらお前は、今以上に櫻之宮に雁字搦めになるぞ」
真っ直ぐに見つめられ、あたしは千暁さんと契約を交わした。
パパやママには、無花果の専属モデル代だからと千暁さんに話をつけて貰い治療費に充てるのを納得して貰った。お陰で進の足は、日常生活に支障を来すことはおろか、プロのスポーツ選手を目指すのでもなければなんの支障もないほどに回復を遂げた。
あたしは、約束通り髪を伸ばし、千暁さんの管理のもとに身体を作り上げた。あたしの黒髪と白い肌、そしてこの身体を自分のものだと千暁さんが主張するのにはこうした理由が隠されていたのだ。
いや、いまは……
「万里くん避けだけどね」
万里くんは一緒に暮らした二年間の間に、あたしに恋をしたのだ。
恋……?
いや、違う。瞳子おば様があたしに見せる溺愛ぶりに模倣したような執着心だ。
二つ上の万里くんは、180を越える長身と、瞳子おば様に良く似た美しい面差しを持っている。
千暁さんのことは、美しい人だなんて思ったことはなかったけれど……万里くんは、千暁さんと本当に血が繋がっているのかと訝しくなるようなほどに、上品で美しい人だった。
「目元とかは似てるんだけどね」
二人の顔を思い浮かべながら呟く。
千暁さんは、親しみやすい風貌と朗らかな笑い顔で、どこにいても誰といても直ぐに座の中心となる。
座の中心であるのには変わりはないのだが、万里くんは、君というよび名が似合わない程に美しくて怜悧だ。万里くんのもとには、選民意識に満ち溢れたもの達が集まるし、選ばれた人間しか近付けない。
万里くんが、なぜあたしに執着するのかがわからない。そして、それに一ミリたりとも心が動かされることがない。
だから、あたしは美しい人には恋はしないんだろうって、自信があった筈なのに……美しくて冷たい彼に、あたしの全てが狂っている。
「ハァッー
誕生日、一緒にいたかったな」
呟いてから自分の着ている服を見る。
「……まさかね」
ボルドーのワンピースは、熟した無花果に良くにていた。
つづく
過去へと想いを馳せていたあたしの顔を千暁さんが覗き込む。
「あっ、うん……千暁さん、いつ迎えに来てくれる?」
「夜には来れるようにする」
「うん。じゃ、頑張る」
「あぁ。いつも悪いな」
だったら静さんと別れて……と、言いそうになって、慌てて首を振った。
「じゃ、おやすみ」
いつものように、おでこにお休みのキスをひとつ残して、千暁さんは部屋を出ていこうドアノブニ手をかけて、何かを思い出したように振り向き
「そう言えばその服、つくしに凄く似合ってるぞ。選んだやつ、すげぇつくしのこと見てるな」
ニヤリとしながら、部屋を出ていった。
あたしの事を見てる? そんなわけない。
あっ、そっか
別に良く見てるのイコールが好意を持っているわけじゃないんだ。
そうだよね。
嫌いだから、憎いからこそ……なんだよね。
好きなら、あんなに乱暴になんてしないよね。
そこまで思い出して、涙が出そうになる。頬をひとつ軽く両手で叩いて、クラッチバックから携帯を取り出し中を確認する。
友達からのお祝いメールと共に、進からのメールが入っている。
姉ちゃん、17才おめでとう!
千暁兄ちゃんからはプレゼント貰ったか?
俺からは、帰ってきたら渡すけど……チラ見せ
なんて、書いてあって、そのあとに、あたしのお気に入りのキャラクターのキーホルダーとマフラーの画像が添付されていた。
あたしの中に、温かなものが流れ込んでくる。
進のためなら何でもしてあげたい。心のそこから湧き上がってくる想いだ。
……進の足の治療は、幾度かの手術と入院代で莫大の費用を要した。瞬く間に保険金が消えていった。生活に困ることはなくともリハビリ代を捻出するのは大変だっで、下手すれば志半ばで諦めなければいけない状態だった。
そんな時……
「つくし、俺と契約しないか?」
千暁さんが、そうあたしに話を持ちかけてきた。
「契約?」
「無花果の専属モデルになれ」
そう言って三千万の小切手をポンと出したのだ。驚くあたしに
「怪しい金じゃない。まぁ、俺、一応、財閥の息子だしな」
「でも、継がないんでしょ?」
「あぁ、継がない。だが、じい様が生きてたころに譲り受けた生前贈与だ」
「使ったら不味くないの?」
「うーん。わからないけど、進は俺の可愛い弟みたいなもんでもあるしな。俺も力になりたい」
「こんな大金、もらえないよ」
断るあたしに
「いやっ、やんないぞ。お前がこれから俺と稼ぐんだ」
ニッコリと笑ってから、髪に指を絡ませ
「先ずは、髪を伸ばして日焼けはすんな。で、もって、ジムとピアノに通ってくれ」
指示を出された。それでも三千万なんて大金貰えないと断ろうとすれば
「これを使わなきゃ、お袋や親父が金を出すことになる。そしたらお前は、今以上に櫻之宮に雁字搦めになるぞ」
真っ直ぐに見つめられ、あたしは千暁さんと契約を交わした。
パパやママには、無花果の専属モデル代だからと千暁さんに話をつけて貰い治療費に充てるのを納得して貰った。お陰で進の足は、日常生活に支障を来すことはおろか、プロのスポーツ選手を目指すのでもなければなんの支障もないほどに回復を遂げた。
あたしは、約束通り髪を伸ばし、千暁さんの管理のもとに身体を作り上げた。あたしの黒髪と白い肌、そしてこの身体を自分のものだと千暁さんが主張するのにはこうした理由が隠されていたのだ。
いや、いまは……
「万里くん避けだけどね」
万里くんは一緒に暮らした二年間の間に、あたしに恋をしたのだ。
恋……?
いや、違う。瞳子おば様があたしに見せる溺愛ぶりに模倣したような執着心だ。
二つ上の万里くんは、180を越える長身と、瞳子おば様に良く似た美しい面差しを持っている。
千暁さんのことは、美しい人だなんて思ったことはなかったけれど……万里くんは、千暁さんと本当に血が繋がっているのかと訝しくなるようなほどに、上品で美しい人だった。
「目元とかは似てるんだけどね」
二人の顔を思い浮かべながら呟く。
千暁さんは、親しみやすい風貌と朗らかな笑い顔で、どこにいても誰といても直ぐに座の中心となる。
座の中心であるのには変わりはないのだが、万里くんは、君というよび名が似合わない程に美しくて怜悧だ。万里くんのもとには、選民意識に満ち溢れたもの達が集まるし、選ばれた人間しか近付けない。
万里くんが、なぜあたしに執着するのかがわからない。そして、それに一ミリたりとも心が動かされることがない。
だから、あたしは美しい人には恋はしないんだろうって、自信があった筈なのに……美しくて冷たい彼に、あたしの全てが狂っている。
「ハァッー
誕生日、一緒にいたかったな」
呟いてから自分の着ている服を見る。
「……まさかね」
ボルドーのワンピースは、熟した無花果に良くにていた。
つづく
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