無花果の花はうちに咲く ~過去01~ 類つく
真っ赤に熟れた無花果のように……花はなかに咲く。
「牧野つくしと申します」
これはデジャブ?
俺は目を擦った。
「私の顔に何かついてますでしょうか?」
「あっ、いや」
同姓同名?
いや、牧野だけならともかく、つくしなんて珍しい名前がそうそうあるわけもない。
透き通るような白い肌にボルドー色の口紅が艶かしくて
「ヴァムピール」
小さく呟いていた。目の前の彼女は、眉根を寄せたあと
「花沢専務、せめてヴァムピーラとお呼び頂けませんか?」
周りには聞こえないような小さな声でそう切り替えされる。
「……失礼」
思わず謝れば、彼女の唇の端がほんの少し上に上がった。
一瞬で俺の心は、あの頃へと引き戻されていく。
彼女と初めて会ったのは、静と待ち合わせした店でだった。約束した場所につけば
「牧野つくしちゃんって言うの」
静は美しく微笑みながら彼女を紹介してきた。眉間にシワを寄せありったけの不機嫌を表しながら一瞥したのを覚えている。
なのに、彼女の瞳は俺をみつめたままだった。こちらが思わず目を反らしてしまいそうになるような強く美しい眼差しだった。
そう、あの瞬間……
恋い焦がれていた静より、彼女の漆黒の瞳を美しいと思った。
「類、どうしたの?」
静にそう聞かれ、見つめられ、その思いが静に対する裏切りのようで直ぐ様に頭から追い払った。
静は、真っ暗闇で生きる俺にとって唯一の光りで、それまでの俺の全てだったから。静を道しるべに生きてきた俺にとって、静が永遠の存在でなければいけなかった。でなければ、自分の生きてきた全てを否定しなければいけないと恐れていたんだ。
いや、違う。
俺は怖かったんだ。確かだと思っていた自分の心を覆すことが。一瞬で全てが変わってしまうような恋をするのが。
愚かだったと今ならわかる。
でも、外の世界に飛び出すことが怖かった。静となら俺の心はは、傷つかないで殻に入ったままでいられたから。
静が俺を呼び出す場所に、彼女は居たり居なかったりした。静は美しく微笑みながら
「このところ随分と出席率が良いのね」
そう、からかった。
「静の誘いは断ったことはないよ」
「あら、そうだったかしら? 二人の時は確かにそうだった覚えがあるけど……うふふっ」
意味深の微笑みを浮かべながら俺を見た。
そのすぐあとに、彼女が長い黒髪を揺らしながら俺の前に現れた。
「静さんっ」
真っ白の歯を覗かせ、満面の笑みを浮かべていた。
なのに俺を見た瞬間……気まずそうに笑顔を引っ込めた。嫌な女だと彼女を居ないものとして扱った。
なのに静は、彼女の長い黒髪を愛撫する。その指先がとてもエロティックで熱いものが心の奥から湧き上がり、俺の心を淫らに揺さぶる。
彼女が居ると静とは別の意味で場が華やいだ。つくしちゃん、つくしちゃんと呼びながら、男も女も彼女を独り占めしようとするのだ。彼女を見るたびに不快な思いが募っていった。
あの日……
「教えて頂いたレストランがとても素敵だったの。今日はそこに行ってみない?」
美しくドレスアップした静から誘われた。
隠れ家的な佇まいとメニューに並んだワインの数々が、店の格式とセンスの良さを表していると感心した瞬間
「つくしちゃん」
静が横を通り過ぎようとするカップルに声をかけた。威風堂々とした男の隣に居る彼女は驚くほどに可憐で美しかった。俺は言葉も忘れ彼女を見つめた。
彼女は俺を見た瞬間……笑顔を失くし、男の袖口を掴んだ。
憎しみに似た激しい感情が俺の中に湧き上がる。
「御堂先生、つくしちゃん、宜しければ、ご一緒しませんこと?」
静の誘いに、御堂と呼ばれた男は微笑みを浮かべながら了承した。御堂は彼女の細い腰に、極々自然に手を添え席に座らさせた。
ディレクトールが、彼女に向かって親しげに微笑みを浮かべたあと、御堂に何やらはなしかけている。御堂は、柔らかく微笑みを浮かてから、彼女の耳元に何やら囁いた。彼女はクスリと微笑み
「椎木さん、いつもありがとうございます」
彼女の言葉に、椎木と呼ばれたディレクトールは、嬉しそうに一礼をしてその場を去っていった。
静がそのやり取りを興味深げにみつめれば、それに応えるかのように
「種明かしは、もう少し待って下さいね」
御堂が柔らかく微笑み静を見つめたあと、彼女に向かって頷くように微笑んだ。
静と彼女のまえに、アミューズブーシェのように小さな料理が美しく皿に盛られ運ばれてくる。
静は目を見開いて喜んだ。
「つくしが色々食べてみたいと駄々を捏ねたときに、椎木さんがシェフと相談して出してくれたものなんですよ」
「まぁっ、素敵ですわ」
静の喜ぶ声に、御堂の態度に、彼女の物慣れた様に、全てのことに腹立たしさが募っていく。
御堂は、話せば話すほどに魅力的な男だというのが感じられた。威風堂々とした振る舞いと反比例するかのような、親しみやすく朗らかな笑顔を浮かべるのだ。
この店を静に教えたのは、御堂なのだろうと思いを巡らせた時
「つくしちゃんの髪、綺麗ですものね」
酔いが回った御堂の指が、彼女の髪を弄んでいた。静の声に驚いたのか?
彼女は御堂の指先を掴んで、その行為を止めさせようとした。
「つくしの黒髪は、俺んだから」
そう言いながら、御堂は、彼女の指を一本一本解いたあと、髪をクルリと一巻きした
俺の中で、黒い感情が蠢いた。
つづく
「牧野つくしと申します」
これはデジャブ?
俺は目を擦った。
「私の顔に何かついてますでしょうか?」
「あっ、いや」
同姓同名?
いや、牧野だけならともかく、つくしなんて珍しい名前がそうそうあるわけもない。
透き通るような白い肌にボルドー色の口紅が艶かしくて
「ヴァムピール」
小さく呟いていた。目の前の彼女は、眉根を寄せたあと
「花沢専務、せめてヴァムピーラとお呼び頂けませんか?」
周りには聞こえないような小さな声でそう切り替えされる。
「……失礼」
思わず謝れば、彼女の唇の端がほんの少し上に上がった。
一瞬で俺の心は、あの頃へと引き戻されていく。
彼女と初めて会ったのは、静と待ち合わせした店でだった。約束した場所につけば
「牧野つくしちゃんって言うの」
静は美しく微笑みながら彼女を紹介してきた。眉間にシワを寄せありったけの不機嫌を表しながら一瞥したのを覚えている。
なのに、彼女の瞳は俺をみつめたままだった。こちらが思わず目を反らしてしまいそうになるような強く美しい眼差しだった。
そう、あの瞬間……
恋い焦がれていた静より、彼女の漆黒の瞳を美しいと思った。
「類、どうしたの?」
静にそう聞かれ、見つめられ、その思いが静に対する裏切りのようで直ぐ様に頭から追い払った。
静は、真っ暗闇で生きる俺にとって唯一の光りで、それまでの俺の全てだったから。静を道しるべに生きてきた俺にとって、静が永遠の存在でなければいけなかった。でなければ、自分の生きてきた全てを否定しなければいけないと恐れていたんだ。
いや、違う。
俺は怖かったんだ。確かだと思っていた自分の心を覆すことが。一瞬で全てが変わってしまうような恋をするのが。
愚かだったと今ならわかる。
でも、外の世界に飛び出すことが怖かった。静となら俺の心はは、傷つかないで殻に入ったままでいられたから。
静が俺を呼び出す場所に、彼女は居たり居なかったりした。静は美しく微笑みながら
「このところ随分と出席率が良いのね」
そう、からかった。
「静の誘いは断ったことはないよ」
「あら、そうだったかしら? 二人の時は確かにそうだった覚えがあるけど……うふふっ」
意味深の微笑みを浮かべながら俺を見た。
そのすぐあとに、彼女が長い黒髪を揺らしながら俺の前に現れた。
「静さんっ」
真っ白の歯を覗かせ、満面の笑みを浮かべていた。
なのに俺を見た瞬間……気まずそうに笑顔を引っ込めた。嫌な女だと彼女を居ないものとして扱った。
なのに静は、彼女の長い黒髪を愛撫する。その指先がとてもエロティックで熱いものが心の奥から湧き上がり、俺の心を淫らに揺さぶる。
彼女が居ると静とは別の意味で場が華やいだ。つくしちゃん、つくしちゃんと呼びながら、男も女も彼女を独り占めしようとするのだ。彼女を見るたびに不快な思いが募っていった。
あの日……
「教えて頂いたレストランがとても素敵だったの。今日はそこに行ってみない?」
美しくドレスアップした静から誘われた。
隠れ家的な佇まいとメニューに並んだワインの数々が、店の格式とセンスの良さを表していると感心した瞬間
「つくしちゃん」
静が横を通り過ぎようとするカップルに声をかけた。威風堂々とした男の隣に居る彼女は驚くほどに可憐で美しかった。俺は言葉も忘れ彼女を見つめた。
彼女は俺を見た瞬間……笑顔を失くし、男の袖口を掴んだ。
憎しみに似た激しい感情が俺の中に湧き上がる。
「御堂先生、つくしちゃん、宜しければ、ご一緒しませんこと?」
静の誘いに、御堂と呼ばれた男は微笑みを浮かべながら了承した。御堂は彼女の細い腰に、極々自然に手を添え席に座らさせた。
ディレクトールが、彼女に向かって親しげに微笑みを浮かべたあと、御堂に何やらはなしかけている。御堂は、柔らかく微笑みを浮かてから、彼女の耳元に何やら囁いた。彼女はクスリと微笑み
「椎木さん、いつもありがとうございます」
彼女の言葉に、椎木と呼ばれたディレクトールは、嬉しそうに一礼をしてその場を去っていった。
静がそのやり取りを興味深げにみつめれば、それに応えるかのように
「種明かしは、もう少し待って下さいね」
御堂が柔らかく微笑み静を見つめたあと、彼女に向かって頷くように微笑んだ。
静と彼女のまえに、アミューズブーシェのように小さな料理が美しく皿に盛られ運ばれてくる。
静は目を見開いて喜んだ。
「つくしが色々食べてみたいと駄々を捏ねたときに、椎木さんがシェフと相談して出してくれたものなんですよ」
「まぁっ、素敵ですわ」
静の喜ぶ声に、御堂の態度に、彼女の物慣れた様に、全てのことに腹立たしさが募っていく。
御堂は、話せば話すほどに魅力的な男だというのが感じられた。威風堂々とした振る舞いと反比例するかのような、親しみやすく朗らかな笑顔を浮かべるのだ。
この店を静に教えたのは、御堂なのだろうと思いを巡らせた時
「つくしちゃんの髪、綺麗ですものね」
酔いが回った御堂の指が、彼女の髪を弄んでいた。静の声に驚いたのか?
彼女は御堂の指先を掴んで、その行為を止めさせようとした。
「つくしの黒髪は、俺んだから」
そう言いながら、御堂は、彼女の指を一本一本解いたあと、髪をクルリと一巻きした
俺の中で、黒い感情が蠢いた。
つづく
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