紅蓮 102 つかつく
剣のこもった宗谷の声に抗うように、つくしはギュッと手を握りしめながら
「ダメ……かしら? 永久にもそろそろ同世代の子達と触れ合うことが必要かと思うんですが。それに、日本なら治安も良いし」
つくしの言葉が全て終わらぬ内に宗谷は言葉を覆い被せる
「永久はまだ小さい。そんなに急ぐ事はないよ。それに日本での滞在は、一時的なものだ」
言い切る宗谷に、つくしは負けじと言葉を返す
「でも、同年代の子と触れ合う事も必要だと思うの」
「馴れない場所に来た早々に、環境を変える必要はないよ。どうしても必要だと言うのなら、低年齢から入れるボーディングスクールを再考してみよう」
「……それこそまだ必要ないわ」
「なら、この話は、お終いだ」
「凌さん、永久のことなのよ。もう少し一緒に話し合いをして」
「つくし、永久は宗谷家のたった一人の跡取りなんだよ。早急に何かを決めて、もしも取り返しのつかない事が起こったら、誰が責任を取るんだい?」
「だからって、ずっと永久を閉じ込めておくの? あの子、お友達どころか、同じ年頃の子とまだ一度も遊んだこともなければ、よく見たこともないのよ」
「ボーディングスクールに通うようになれば、寝起きを共にするんだ。それこそ沢山の友人ができるんだよ」
「だから、なぜボーディングスクールなの? それこそ、私達の元から通わせればいいでしょ」
「なぜ? それこそ愚問だ。そんな事、宗谷家に嫁いだ君なら百も承知してくれてると思っていたんだけどね。安全面、交遊関係、永久の将来にとって一番のはずだよ」
普段の優しげな物言いとは違い強い口調で言葉を返す宗谷を見つめ
「凌さんは何をそんなに心配なさってるの? 永久の事を心配なさっているのならこのまま日本に拠点を置くべきよ。私が通っていた英徳学園ならセキュリティがしっかりしていると聞いたわ」
「英徳? 英徳の時のことは、曖昧にしか覚えていないだろ?それに、 つくしと永久では生まれも育ちも違う。それなのに、英徳ならと無責任な事は言わないで欲しい。それとも何かい?つくしが英徳に拘る理由が何かあるのかい」
「拘るだなんて……それに、確かに永久とは、生まれも育ちも違うかもしれないけれど、それを無責任って……あの子の事を大切に思って心配しているのは、凌さんだけではないわ。母である私も同じなのよ」
「……イギリスのボーディングスクールの買収が決まってる。永久はそこに入れる。重役会でも決定してる事だ」
「反対だって言った筈よ」
「つくしが反対しても、もう決まった事だ。友達がどうしても必要というなら、向こうに戻り次第スクールに入れる。解ったね?」
「…………」
「つくしっ、返事は?」
宗谷の有無を言わさぬ激しい言葉に、つくしは下唇を噛み締め
「……嫌です。永久は、永久は、私の子供です」
宗谷は美しい眉をしかめながら
「永久は、宗谷の跡取りだ。つくし、君がいくら何を言おうとも、そのことに変わりはない」
「それでも、私が産んだ私の子です」
「君だけの子じゃない。永久の、そして俺達家族の幸せのために考えた結果だ」
「外の世界から遮断して、本当の自由を奪う事が永久の幸せですか?」
「自由を奪う? 安全面を考えているだけだよ。前から言ってるように、多少の堅苦しさは我慢してくれ」
「多少? この生活のどこが多少なの? 永久が生まれてから、宗谷家の敷地の外に出たのは、あちらに行くときとこちらに帰ってきた今回だけよ。それだって車の中からだけよ」
「閉じ込めてる訳じゃない。現に不自由は無い筈だ」
「不自由はなくても、自由はないわ……決めていいのは、些細な日常のことだけ。あとは、凌さんの指示通りじゃない」
「不満なのか?……つくしは、幸せじゃないのか?」
「私? 私は幸せよ。あなたがいて永久がいて……」
幸せだと言葉を発した途端に、本当にお前は幸せなのか?と誰かに聞かれた気がした。
「だったら良いじゃないか」
「永久は? あの子は、何一つ自分で選ぶことなく人生を過ごすの?」
お前もまた同じだと、誰かの声がする。
「今から大袈裟だよ。永久はまだ小さい。親が何かを決めるのは普通のことだ」
「普通? 三つにもならない子供の未来の友人の選出も、婚約者の選出も済んでいる人生が?あの子は、一生籠の鳥なの?」
お前こそ籠の鳥だと、さっきよりはっきりと声が聞こえる。
「上流階級では、取りたて珍しいことじゃないよ。それに、君が言うところの英徳の人たちだって、似たりよったりなんじゃないかな? 愛のない政略結婚なんてざらにある筈だよ。打算と策略。そんな世界に生きてるんじゃないかい?
永久には、そんな結婚はさせないよ。永久には、辛いことも悲しいこともない最上級の幸せな人生を与えるつもりだ」
つくしは、政略結婚の言葉を聞いた瞬間、抉られるように心が痛んだ。と同時に、思い出せ、思い出せ、辛いことも悲しいことも全てのことを思い出すんだ。そう叫ぶ誰かの声が聞こえた気がして、思わず辺りを見回した。
- 関連記事
-
- 紅蓮 人物紹介
- 紅蓮 104 つかつく
- 紅蓮 103 つかつく
- 紅蓮 102 つかつく
- 紅蓮 101 つかつく
- 紅蓮 100 つかつく
- 紅蓮 99 つかつく