baroque 79
『なぁ、今どこにいんの?』
「どこって、インディゴちゃんの所だよ。
…………なんでって、総、今日は遅いって言ってたでしょ…………だから」
『はんっ、鬼の居ぬ間のなんとやらか……』
「鬼の居ぬ間なんて……」
つくしの呟きに言葉をかぶせるように
『俺さ、コレダメあれだめ極力言わないようにしてるよな?』
「……うん」
「だったらさ、せめて俺が電話する前に連絡しろよ」
「総、お仕事で忙しいかなって思ったから……」
『仕事中でも、LINEするなり、伝言するなりあんだろ。それともナニか?何か疚しいことでもあるのか?』
含みのこもった声が聞こえてくる。つくしは、疚しいことと言われて、この場にいない薫を思い浮かべ下唇を噛んだ。
「……ちょっと具合が悪かったから……ごめんね」
『具合が悪い? なら余計だろよ。早目に分かれば、茶会の後の予定を切り上げて戻ることだって出来んだからさ、早く連絡しろよ。……ハァッ、会食、言ってたより遅くなりそうなんだよな。……今日は藍田さん家に泊めて貰えよ』
「……いいの?」
『具合が悪いんじゃ、いいも悪いもないだろ。大事なお前を一人きりにするんじゃ俺も心配だからさ』
「うん。わかった、ありがとうね」
『あっ、それよか』
「うんっ?」
『あっ、いや』
口ごもる総二郎の声に、つくしは機嫌をとるかのように
「総が忙しくなければなんだけど、明日の朝、インディゴちゃんのマンションの前まで迎えに来てくれる? 」
媚びを含めて甘く囁いた。
「あぁ、九時頃でいいか?」
総二郎の声が、つくしを優しく包み込むような声に変わっていく。
「うん。疲れてるのにごめんね。待ってるね」
無意識にに耳朶を弄りながら、つくしは甘く甘く媚びを売る。
『着く前に連絡するよ。
じゃ、ゆっくりしとけな』
恋する男は、女の媚びに気付かない。
いや、気付いていたとしても、都合よく解釈する。
「フゥッー」
電話を切った途端に、つくしの唇から溢れるため息。窮屈さから逃げ出した筈なのに、薫を裏切り手に入れた自由のはずなのに、違う意味での窮屈さが彼女を締め付けている。もがけばもがくほどに締め付けられて、時折、窒息しそうになっている。
コトッ
漆喰の壁の凹凸を背中に感じながら、パクパクと口を開け閉めした。まるで、空気を欲しがる金魚のように……
何れくらいそうしていただろうか
「つくし、カオちゃんが下まで来とっと」
インディゴちゃんの声がして、我に返った。
「……カオちゃん……」
薫とのことや総二郎のことがあり、何となく気まずくて……疎遠にしていた親友の名を聞き、一瞬眉を顰めた。
「部屋に通してもよかと?」
「あっ、うん」
会いたいような、会いたくないような思いで返事をした。
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