無花果の花は蜜を滴らす 01
形のよい唇が鯖サンドを咀嚼する。美しい男は何をもってしても美しいのだと感心しながら、怪しまれない程度に盗み見をした。
「ヨーグルト漬けにした鯖を焼いて、レモンたっぷり絞ってあるんでさっぱりなんですよ」
「この魚がサバだっけ?」
「えぇ、……って、専務、鯖もしや初めてですか?」
「うーん、どうなんだろう?会議の時に、弁当とかに入ってる?」
疑問系で問われて会議用のお弁当を思い浮かべた。
「うーん、どうなんでしょうね。謎ですね」
「じゃ、食べたかどうだかは、謎かな。牧野さんは、好き?」
彼の目があたしの目を見る。
ドクンッ
ドキンッ
静まれ心臓と思いながら、すまし顔をしながら
「えぇ、大好きです」
“あなたが” と心の中でつけたした。
「ふーん。大好きなんだ。じゃあ、自分で料理したりもするの?」
「えぇ」
「じゃあ今度手料理食べさせてよ」
ニッコリ微笑んで言われて、何だかあたふたして、飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。慌てて口元を拭えば
「くくくっ。なんか、すごい動揺してる?」
楽しそうに彼が口にする
「どっ、動揺なんてしてません」
「そう?」
「えぇ」
髪をかきあげながら、ツンと澄ませば
「なーんだ、残念」
わざと唇を尖らせて拗ねたふりをしたあとに、鯖サンドを再び食べだした。
今ここにいる幸せを噛み締めながら、あたしも鯖サンドを食べる。
陽光がダンスを踊るように、彼の周りでキラキラと輝いている。“なんてキレイなんだろう” と思いながら、今ここにいる幸せを噛み締めた。
「牧野さんは、何してたの?」
彼に見惚れていたら、唐突に聞かれ
「トルコで、ですか?」
そう答えれば
「トルコにも居たの?」
ビックリしたように質問を投げ返された。
「一月くらい……です。そのあとはサウジアラビアに二年」
当時を思い出しながら口にする。
「サウジアラビア?」
「働いていたんです」
サウジアラビアは、観光ビザが下りない国だ。日本人は少なかったが、ニカーブを着てしまえば、目元しか出ないので目立つことがなかった。お陰で二年間身を隠すことが出来た。
「サウジアラビアにいたんだ……」
彼がポツリと呟いた。
「サウジアラビアは、カブサっていうのがお勧めですよ」
ニッコリと笑って答えた。
鳩がクルッポーと鳴きながら、何かを啄んでいる。あたしと彼は、黙ったままソレを見つめた。
そして思い出す。逃げるために各地を転々とした日々を……そして、絡め取られるように囚われてしまった日々を。
あの時のあたしの唯一の支えは、彼への恋心だった。彼への思いがあったから、あたしはあたしで居られ、ココに、彼の元に来ることが出来たんだ。
「カブサか……じゃ、今度はソレを食べに行こう」
トレイを持ちながら立ち上がった彼が口にした。
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