baroque 82
ケーキをたらふく食べたあと、ソファーに移動して再びワインを飲み始めたカオちゃんがつくしに聞いた。
「……なにがって、なにがあったのかな。……ただ……自由に、自由になりたかったの」
どこか遠い所を見ながら、つくしが答える。
「じゃあ、今は、自由?」
自由かと聞かれたつくしは、押し黙る。
「つくし、ゆっくりでいいから、私に話して聞かせて。私は何を聞いても、つくしを好きだよ」
「本当に?
あたしが、狡くて嫌な女でも?」
「つくし、私がユト君を手に入れた時、何やったか忘れはった?」
ぷるるんとつくしは、首を振る。
「ねっ、私も狡いの。とんでもなく狡い。狡い」
「そんなこと……「なくないでしょ」
カオちゃんが言葉を被せ、ニコリと笑う。
「今回の同棲だって、最初から二人で住みたいって言えば、ユト君あぁ見えて真面目だから、父様達に申し訳ないから絶対にダメだって言うでしょ。だから、メイドも付けずに一人暮らししたいって言ったの」
「そっ、そうなの?」
「うふふっ、だって、あれでもユト君って、モテモテなんだよ。まぁさ、薫さんほどじゃないけどね。
あっ、さっきの私の初恋は薫さん発言は内緒ね。ユト君は、自分が私の初恋相手だと思ってるから」
「あっ、うん」
「まぁさ、一人暮らし云々の時は、結果的につくしにも嫌な思いさせちゃったよね。ごめんね」
「嫌な思い?」
「アレッ?気がついてなかった?」
「気がついてなかったって?」
「あの時ね、一人暮らし=浮気だって先走ったユト君が、何故かつくしの行動まで疑って、探偵つけたらしいのよ」
「えっ? それって」
「薫さんには、正直に話して謝罪したって本人は言ってたんだけど……本当にごめんね」
「あっ、うん」
つくしは、薫がつくしを疑い、付けさせていたのだと思っていた。それに反抗するかのように総二郎へ気持ちが傾いた。
「つくしの話を聞くはずなのに、これまたごめん」
「ううんっ……あのね、あたし、あたし」
言葉を詰まらせたつくしを、カオちゃんがゆっくり待つ。
「あたし……愛されたかったの」
つくしの思いがけない言葉に
「愛されたかったって、薫さんは、つくしを愛してるでしょ。あんなに一途につくしだけを見てくれる人なんていないよ」
「薫は、雪乃さんがあたしに執着するから……あたしを、あたしを愛してるだけなんだよ」
初めて吐露した
あの日から、つくしがずっとずっと抱えてきた思い。
「でもね、薫が、ずっとあたしの側に居てくれるなら、あたし、あたし、それでもいいと思ってたっちゃ……
だって、薫は王子様なんだよ。王子様が選ぶのは、お姫様でしょ?
お姫様に生まれなかったあたしが、薫に愛されるためには擬物だろうが、なんだろうがお姫様にならなきゃならなかったっちゃ」
「つくし……」
「あたしの生まれた家は、小さな窯元っちゃ、だけんね、あたしが生まれた町では一番大きな窯元なんよ。あたしね、そこじゃ本当のお嬢さんじゃったんよ。だかんね、自分はお姫様になれるんちゃ、ほいで、薫のお嫁さんになるんっちゃて……思ってたんよ」
つくしは、流れ続ける涙も拭かずに話し続ける。
「薫のお嫁さんになるんは、白泉の出身って聞いて、勉強、死ぬ気で頑張ったっちゃ。山口から京都に行くんは、不安やったけど、白泉に行きとう思いが勝ったっちゃ。受かったって聞いた時は、嬉しゅうて嬉しゅうてたまらんかった。ママやパパが複雑そうな顔してたんが気になったけど、あたしは浮かれたっちゃ。卒業式の次の日には、黒埼があたしを迎えに来て、あたしは何も気にせんと迎えの車に乗ったっちゃ。ゆくゆくは養女になるのだから、筒井つくしとして白泉に通えって言われたんは、着いた日の夕食のあとだったんよ。ママやパパがあたしを捨てたんだって思ったら、悲しゅうて悲しゅうて食べたもん全部吐くかと思ったっちゃ。
でも、断れんかった。話が決まってたからじゃないっちゃ。
あたしが、あたしが、ママやパパより薫を選んだっちゃ。
筒井つくしになったら、薫のお嫁さんになれるかもしれん。いや、なれるんだと思ったっちゃ」
泣き叫ぶかのように口にする。
「白泉に通って思いしらされたんは、あたしは、やっぱり擬物のお姫様なんだってことっちゃ。それでも、白泉はあたしにとって、希望だったんよ。
あたし、薫がぶち好きやったんよ」
「白泉に通う子がお姫様だったら、生徒会長を務めたつくしは、お姫様中のお姫様でしょ」
カオちゃんの言葉に、つくしがうっすらと微笑み
「白泉OG会の時政夫人に認められた時はね、あたしもそう思ったっちゃ」
「だったら」
ゆっくりとつくしは、首を振り
「皮肉なことに、筒井の人も宝珠の人も、最初からあたしを見てなかったっんがそれでわかったっちゃ。あたしを通して由那さんを見てたっちゃ。
その日からね、由那さんがあたしを追いかけてくるっちゃ。怖くて怖くて必死に逃げても追いかけてくるん」
「だからって、薫さんは違うよ」
つくしは、幼子が駄々をこねるように激しく首を振る
「じゃ、薫さんに、つくしは聞いたの?」
「薫に聞く?
聞いてどうするっちゃ?そうだよって言われたら、あたしは、あたしはどうすればいいん?」
「そうだよ。なんて、薫さんが言うわけないじゃない」
「それって、薫に嘘を吐かせるってこと?
それとも、薫の本当の気持ちを引き出して、思い知らせるってこと?」
それまで黙って聞いていたインディゴちゃんが
「あんた、そげんこと何時から考えてたと?」
つくしの身体を抱き寄せ、
「なんで……言わんと、一人で抱え込んでたんよ。
ううん。言えんような気持ちにさせとったんよね。つくし、ごめんね」
涙をポツリと流す。
インディゴちゃんのその言葉に、その涙に、つくしは、溜め込んでいた涙を全て流すかのように、号泣した。
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