パラレル時代劇 お江戸でござる! 若竹勧進帳編 by星香さま
時は江戸。
浦賀の沖では大砲が鳴り響く中、“イモ公方さま”こと家定公は、お堀の内側にて南蛮渡来“かすていら”作りに夢中の、花のお江戸。
その江戸の花街の一角。
まだまっ昼間だというのに、なんとも騒がしい声が響く。
「…しつこいなぁ…」
僅かに息を乱し、追っ手を気にしながらぽつりと呟く。
まだ元服をして間もない、見目麗しい男
ー総二郎は顔を曇らせた。
「いたか!?」「否、いねぇ!」等々、独創性のない言葉を吐く、厳つい追っ手を物陰でやり過ごす。
ことの発端は至極単純。
総二郎が現在追う男のひとり
-やくざの下っ端の女に横恋慕した。
…と、向こうが思い込んでいるだけで、実は女の方が一方的に総二郎に対し懸想しただけのこと。
こちらにしてみれば単なるとばっちり。いい迷惑である。
冷静に話せば判りそうな状況なのだが、相手が逆上している今、何を言っても無駄なのは明白。かといって、男の気を治める為に一発殴られるのは、総二郎としては御免蒙るところ。
-さて…どうするか…?
並のものなら恐れおののく状況も、何処か楽しみつつ思案を巡らせてみる。
すると聞こえてくるのは、この緊迫した場面にそぐわぬ三味線と唄。
音に合わせて唄う唄はまずまずだが、三味線のほうははかなりの腕前。
ふと、ここが木挽町界隈であることに気付き、何処ぞの芸者が練習でもしているのかと周囲を見回す。
ちんとんしゃん
優雅な音色のもとを辿ると、大きく障子を開けた縁側で女がひとり、悠然と三味線を奏でていた。
「……おや……。何かと思ったら…若竹さんかい…?」
庭先に現れた総二郎に気付いた女は、その手を止め微笑む。
一見すると媚びたように見える笑み。
だがその眼は、総二郎の力量を伺うように探る、玄人のそれ。
「そんなところに突っ立っていないで、入ってきたらどうだい?
桜餅でも御上がりよ」
元服し腰に刀を佩く総二郎ですら近所の童と同等の扱いに、思わず苦笑を浮かべる。
が、女からの、しかもとびきりの美女からの誘いを断るのは、何とも野暮な話。
にやりと笑みを浮かべ庭先を突っ切る。
「…ならば…ご相伴に預かろうか…」
「どうぞ」
おいておいでと手招きし、座れるよう座布団を差し出す。
総二郎が刀を置き座るのと同時に立ち上がり、奥へと引っ込む。
戻ってきた手には盆の上に乗せられた桜餅と桜茶。
礼を述べそれを手に取る。
「長命寺のものか…」
「私の好物なのでね。お客さんが持って来て下さったんですのよ」
まだ昼間だからだろう。芸者特有の化粧もせず木綿の着物を着る女は、総二郎より少しばかり年上のようだ。丁度“半玉”から“芸者”に変わるであろう年頃。だが落ち着いた立ち振舞いは既に“姐さん”の雰囲気を醸し出していた。
ちらりとその横顔を眺めつつ、出された茶をすすっていると、再び三味線を手に唄い始めた。
「なかなかの腕前だな。…三味線は」
「…それはどうも…」
言外に『唄はまずまず』の意図を察しても、気を悪くする様子も見せず、笑って礼を述べる。
芸者としての“客あしらい”も一流。思わず総二郎の口角も上がる。
と、部屋の外が何やら慌ただしくなり、部屋の襖が開いた。
「大変だよ! 明日花! やくざ者が…っ」
“やくざ者”の言葉に総二郎の顔が険しくなる。ここに入る姿を見られたのだろう。置いてあった刀を持つと立ち上がる。
「ご馳走さん。じゃあ行く…」「お待ちを。若竹さん」
行こうとする総二郎の袖を引っ張り畳の上に上げると、部屋の角に置かれた衣装箱の蓋を開けた。
「中に入って」「えっ…?」「いいから入るっ!」
存外強い力で衣装箱の中に押し込まれたと思うと、「声を出すな」と言われ上蓋が閉じられる。
蓋の上にみしりと何かの重さが掛かり、その上から聞こえて来る三味線の音。
恐らくは女が上に座り、三味線を奏でているのだろう。
ちんとんしゃん
ちんとんしゃん
緊迫した空気の中に流れる、のんびりとした音色。
ー何を…?
暗闇の中首を傾げる総二郎の耳に、騒がしい足音が届いた。
「おいっ!女っ!! ここに優男が来なかったかっ!」
声は先程まで追い掛けてきていたものと同じ。
総二郎が箱の中で軽く舌打ちをする。
「…喧しいねぇ…。そんな大声出さなくったって、聞こえてますよ…」
並の女ならばすくみ上がるところだが、明日花と呼ばれた芸者の声は動じない。
三味線を弾く手を止めずに応じる。
「いいから答えろっ!」
「優男ですか…。ええ、いらっしゃいましたよ」
「なにっ!」
「ここを何処だとお思いで?
優男もお大尽もボンクラさんも…。男の方は沢山お出でになりますからねぇ…」
鈴を転がすような声。
楽しげにケラケラと笑う姿に、やくざ者の頭に血が上る。
挑発するような明日花の言動に、流石にまずいと感じた総二郎が中から出ようとした刹那、全く別の声が耳に飛び込んで来た。
「女っ!! 生意気な口を…」「止せ」「わっ…若…」
若い男の登場に、場の空気が瞬時にして変わる。
あれほどまでに鼻息荒くしていたやくざ者が、直立不動で声の主を出迎えた。
「邪魔するぜ。明日花」
「これは…道明寺の若旦那。どうも」
明日花が三味線を弾く手を止め、軽く会釈をする。
-…道明寺…?
明日花の口から出た名前に、総二郎が記憶の糸を辿る。
道明寺の一門といえば本所・深川を拠点とする任侠一家。裏の世界で知らぬ者は居ない。
現在の頭は相当の切れ者なのだが、その息子
-道明寺司はそれを上回る男だという噂。
まだ若い、そう、それこそ総二郎と同い年という話だが、既に組の半分は任せられているという。
面倒なことになったと、軽く頭を振る。
只のやくざの者と思っていたのだが、道明寺が関わってくるとなれば話が大事になるのは必至。
誤解とはいえ“義理”と“人情”を重んじる彼等の世界には、特有の“けじめの付け方”があるのだから。
-どうするか…?
司は相当に強いと、噂で聞いた。
ならばいっそ手合わせでけりでもつけるか。と、思案を巡らせる総二郎を余所に、二人の会話は先へと進む。
「…うちの若いモンが迷惑掛けたな…」
そう告げる司の方がずっと若いのだが、敢えて指摘するほど、明日花は野暮では無い。
「なんの、お気になさらず。…ところで今日は何のご用で?」
「コイツが…その…ある男を捜しているんだがよ…。見てねぇか?」
流石に“舎弟の情婦が色目を使った奴”とは言えぬのであろう。
曖昧に言葉を濁す。
「…さぁ…? 今日はずっと、お三味線のお稽古をしておりましたからねぇ…」
「ここに入るのを見た奴がいるんだっ!!」「五月蠅え! 黙ってろ!」
横から口を挟むやくざ者を、司が一喝する。
「ま…こういうわけだ。明日花。
コイツの面子もある。この部屋、探させて貰うぞ」
「ええ、ようござんすよ」
余りにも簡単に是と告げる明日花に、箱の中の総二郎が一瞬慌てる。
それを受け、司の後ろに居た男が動こうとしたとき「但し…」と明日花が切り出した。
「……なんだ……」
「この明日花の部屋を探して『なにも無かった』ときにはどうなるか…?
お判りですよね。道明寺の若様」
衣装箱に腰を下ろしたまま、『それでも宜しければご随意にどうぞ』とばかりに、きりりと司を見上げる。
訪れる沈黙。
誰も声を発せず、動きもしない。
そんな中、大きく開け放ち見える中庭から、一陣の風が通り抜ける。
ひらりと桜の花弁が室内に舞い込み、それに誘われ司が縁側に目を向ける。
置かれているのは座布団と、器の乗った盆。
司が口の端を上げ、くるりと背中を向けた。
「邪魔したな、明日花」
「…宜しいんで…?」
「…ああ。行くぞ」「わっ…若っ!」
批判めいた声を上げる男を無視し、部屋を後にする。
それでも縋る男に「そんな女、優男にくれちまえ」と怒鳴る声が、段々と遠ざかって行く。
それも完全に聞こえなくなると、明日花が大きく息をついた。
「出て来てもようござんすよ。若竹さん」
箱の蓋を開け、明日花が手を差し出す。
暗闇に慣れた眼が一瞬眩んだものの、素直にその手を取り外に出た。
「…すっかり世話になっちまったな…」
自らの懐に手を入れ金子を探る総二郎を、そっと制する。
「野暮なことは止しましょう」
「野暮なこと…。ねぇ…」
改めて総二郎が部屋の中を見渡す。
縁側に置きっ放しの座布団と飲みかけの茶碗。
“切れ者”と言われる司が見落とすはずも無い。
それでも家捜しをしなかったということは…
「…勧進帳かよ…」
「皆様、お好きなんですよ。そういうのが」
しゃしゃらっと告げる。思わず総二郎の口元も緩んだ。
「…それならば、言葉に甘えておくか」
「ま…若竹さんがどうしても、と仰るなら、これは“貸し”にしておきますよ」
「…その“若竹さん”ってのは止めて貰ってもいいか…?」
内心『貸しの方が恐ろしい』と複雑そうな顔を見せる総二郎に、明日花がにこりと微笑んだ。
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時は流れ…
今日も花街はお座敷で賑わっている。
その中の一角。
奥のお座敷で酒の酌み交わすのは、四人の見目麗しい色男。
一人は侍。一人は商家の番頭。一人は任侠。
そして残る一人は、女物の着物を着流すボンクラ亭主。
芸妓屋の一室では、江戸随一と言われる芸者が三味線を弾き唄を唄う。
流れるような美しい三味線の音色に、少しばかり“味”のある唄声。
「相変わらず明日花は上手いな。…三味線が」
「…それはどうも…」
一曲終えた明日花がしゃなりと頭を垂れる。
「それより総さん。もう怪我はいいのかい?
何でも、女との別れ話の末に刺されたって聞いたのだけれど…」
「……ったく……。誰がんなこと吹き込んだんだ…?」
ちろりと横目で親友達を見れば、その元凶である三人が“何処吹く風”とばかりに杯を飲み干している。
先日、外妾の娘を庇って刺された総二郎だったが、手当が早く的確だったため、数週間の療養ですっかり元通りになった。
今日は、親友達が一席設けた快気祝い。
…はいいのだが、来た早速、明日花にからかわれる始末。
「ま。治ってようござんした」
ほっと息をつく姿は、昔、総二郎を衣装箱に放り込んだ頃と変わらない。
「…そういや…明日花って幾つなんだ? 全然年をとっているようには…」
思わず口に出した司の頭を、明日花が軽く小突く。
「イテッ」
「野暮なことを尋ねるものではありませんよ。“若様”」
「もう“若”じゃねぇよ…」
小突かれ拗ねる司の姿に、一同が笑う。
「…それじゃあ、総さん。快気祝いも兼ねて、練習の成果を聴かせて頂きましょうかね」
「俺の快気祝いだろ? それって逆じゃねぇのか…?」
口ではそう言いつつも、総二郎が差し出された三味線を手に取る。
「唄が欲しいところだな」
「ならば私が一曲…」
「ああ、明日花はいい。類、唄えよ」
「…ヤダ…」
「あん? じゃあ笛でも吹け。あるんだろ? 司が唄え」
「一応」
「…仕方ねぇな…」
「あきらは踊りだな」
「何で俺が!」
「類が舞うと流血沙汰だろ?」
「俺はもう、鉄扇で殴られたくねぇぞ」
「ちょいと。私の唄はいいって…どういうことだい?」
やいのやいの。
お座敷が静まる様子は無い。
やがて聞こえて来る、三味線と笛。それに合わせた唄。
それらに誘われ、舞いも飛び出す。
ちんとんしゃん
ちんとんしゃん
ちんとんしゃん
江戸の夜空に、満開の桜が咲き誇っていた。
-お江戸でござる! 若竹勧進帳編 了-
実は、本日誕生日です♡
えへへっ、同じくお誕生日の星さんに
大好きなお江戸シリーズ
頂いちゃいました。
クゥーーー 幸せだ
☆
aauからも押し付けちゃいました♡
ぬほほ
星香さま

駄文置き場のブログ