手練手管で恋をする 総つく
手練手管で恋をする。
自分の中にこんな欲があったなんて……西門さんを好きになって初めて知った。
諦めがいい人間なのかもしれないと思ったのは、恋を失った後だった。泣いて、泣いて、泣いて、死ぬほど泣いたら自分の中の恋に終止符が打てた。いい恋をしたって笑って言えた。
なのに
この恋を、この男を失いたくなくて……手練手管で恋をしている。
色恋を見せたら側にいられない。好きを見せずに側にいた。
もしうまくいっても、家柄を重んじる西門家がなんの後ろ盾も持たないあたしとの恋を許すわけがないのは、百も承知だ
諦める?
諦めがつかなかった。
寝る間も惜しんで勉強した。公認会計士の資格をとり、監査法人の会社に就職した。異例の速さで出世して経営コンサルタントの会社に転職した。
西門さんは知らないけれど、監査法人も経営コンサルティングも年収がかなり良い。これぞと見込んだ幾人かののベンチャー起業家に投資した。大化けしてかなりの利益を生み出してくれている。
西門さんに見合う年頃の女性を誘い美味しいものクラブを作った。男性会員は、将来性、人格、女性会員の好みと相性を元に誘った。
理想的な相手が現れば視線が奪われる。共に行動する内にクラブの中で自然に恋をして、幸せな結婚をする。仲睦まじい夫婦が10組を超えた頃には、適齢期の女性はあたしとコンタクトを取りたがるようになっていた。
最初は眉を顰めていた親達も御家の安泰が約束されつつ、娘が幸せになれる。こんな美味い話に乗らないわけがない。
「ったく、お前はホントに面倒見が良いってか、お前の周りには人が集まんな」
呆れた顔しながら、西門さんが呟いてたっけ。
ねぇ、西門さん
人の良さじゃないんだよ。
あたしは、あなたが欲しくて欲しくて狡猾に策を巡らせてるんだよ。
ずる賢いあたしはソレをおくびにも出さずに、首を傾げ何も分からぬふりをして、微笑んでいる。
有力者の孫息子の事業を手伝った時なんて、打算以外何物でもなかったのに……
「あの放蕩者を一人前にするとは……あんさんの目も腕も確かじゃ。ウチの孫の嫁に来い」
とエラく気に入られた。
断わるのも角が立つ。孫息子には、西門さんに見合いの話が浮上しつつあった超美人の深窓の令嬢とやらとくっついてもらった。
いやな女だと我ながら思うけど、こればかりは仕方ない。
仲人業は性に合うのか?これぞと見込んだ男女は皆面白いようにうまくいく。
上手くいかないのは、自分の恋ばかりなり。
「ハァッ〜」
あたしの演技が上手すぎるのか?
愛する男が鈍感過ぎるのか?
あたしの恋心も、時折見せる色気もちっとも効かない
ほらっ
「仕事ばっかしてんと婚期逃すぞ。あんま無理すんな」
あたしの頭をクシャッとしながらあなたがそんな事を口にする。
婚期か。
あなたを好きと気づいた瞬間から、そんなのは気にしてない。
ってことは……ない。
賞味期限なるものを落とさぬように磨いてる。
知ってるか?西門!
この肌、すごいお金かかってるんだよ。
今日こそは、襲わせて……みせ……る?
って、あたし、今から疑問形でどうする。
ププッー
クラクションの音が鳴る。
さぁ 勝負だ!
スカートをヒラリと翻し、ガードレールを飛び越える。
「ったく、少しは女らしくしろ。パンツ見えんぞ」
見ろ!見ろ!あたしの勝負パンツ見て見ろってーの。
「パンツチラ見せでお色気ムンムンじゃない? あっ、それにこれ見てよ。このツヤツヤ肌。もうさ、ついつい触れたくなんない?昨日泥パックした時にアーモンドオイル入れたから全身しっとりよ。ほれっ、さわってみなよ」
磨きに磨いた肌を西門さんの前に出す。
ほれ、ほれ触ってみなって。
熟し頃だよ。
食べ頃だよ。
美味しいよ______絶対。うーん、た、た、多分。
なのに、西門さんは呆れたように首をふり
「わかった。わかった。取り敢えず運転の邪魔すんな」
「チェッ」
思わず出ちゃった舌打ちに眉を顰めるから、東郷君の話で誤魔かした。
「……東郷がなんで牧野のとこに連絡してんだよ」
クライアントだよ。で、もって
「うんっ? ただ今美味しいものクラブの会員よ」
「聞いてない!」
「うん。言ってない。と言うか、別に言う必要もなかったし」
西門さん情報を流してもらう代わりに、特別枠で入会させたんだよ。なんて……言えないじゃんか。
東郷君の想い人を思い出して、思わず笑った。
あたしの隣に座る西門さん並みに、鈍感って言うかなんて言うかの、お嬢さんだ。
「東郷は、俺のダチだ」
「今じゃ、あたしの友達でもあるよ」
まぁ、仕事のお得意様兼、クラブ会員兼、重要任務の特報員だけどね。
あっ、お互いの想い人を知ってるだけに、愚痴聞き役なんて言うのも加わってる今日この頃だけど。
「東郷も牧野もいい年なんだから無闇矢鱈に二人で出歩いてると変な噂が立つぞ。それじゃ無くても縁遠いのが余計縁遠くなっからな」
縁? 縁なんてアンタしか欲しくないって
「ハァッー」
「っん?どうした?」
なのに、どうした?なんて、真顔で聞いてくる。
この鈍感男。
バカ男。
「あのさ、美味しいものクラブは二人で行動しないから。それに……」
あたしは、あたしは、あなたが好きなんだよ。
西門さんをチラリと見れば
頷きながら
「まぁ、クラブだしな」
なんて事を口にする。
アンタはあたしの保護者にでもなった気分か?
「ハァッー」
今日も撃沈____?
ハァッー
が、が、が、頑張れ…あたし。頑張れ。
なんて事を目を瞑り考えていたら、今日のためにと張り切って残業した疲れが猛然と襲ってきて____不覚にも寝入ってしまった。
西門さんといる時間を一分一秒無駄にしたくなかったのに、今日こそは、攻めて攻めて攻めまくる筈だったのに……牧野つくし、一生の不覚。そう思いながら微かに目を開けた。
飛び込んできたのは、あの日の景色。
もう一度目を閉じて、あたしはあの日を思い出す。
恋を失ったあの頃、心配する人達の前で「大丈夫」そう言って、あたしは笑っていた。泣いたら本当だと受け止めなきゃいけなくなりそうで、どうしても泣けなかった。
なのに
西門さんにバカ話しをさんざんばら聞かされた後、「なぁ、牧野、お前の心が大丈夫か大丈夫じゃないなんて俺には関係ない。でもな、今のお前は不自然だ。まぁ、自分自身を型にはめるんであれば不自然さも大事だがな。じゃねぇんだったら、無理して笑うな、泣きたい時には、ちゃんと泣けよ」と言われた。
なんでだろう? あの瞬間初めてあたしは泣けたんだ。ブワッと涙が溢れ出し、いったん流れた涙は思いの外に心地良くて、西門さんの胸で子供みたいにダラダラと泣いた。心の中にあった大きな塊が流れて行くのがわかった。大きな手が胸が心地良いなと思ったら……寝てた。
起きたら、ここに居た。
「スゲェだろコイツ」
西門さんは、凛とした
「なっ。凄いんだよ。でな、こいつのもっと凄いとこは、大きくなる自分をしっかりと立たせるために」
そう言いながらしゃがみこみ
「ほれ、ここ、ここ。こうやって板みたいな根を張るんだ」
木の根に触れた。
何気ない所作の中に美しさがあった。その美しさこそが、彼の板根だと気がついた。
あたしも自分を支える板根を作ろうと思った。知識を経験を貪欲に求めた。西門さんが女避けだと、あたしを様々な所に連れ出してくれた。避けていた世界は手を広げてみれば、温かくあたしを受け入れてくれた。相容れないと垣根を作っていたのは己だったのだと気がついたのは程なくしてからだった。
「お前しか居ない。やり直したい」と言われたのは、自分の至らなさも弱さも全てを受け入れた後だった。
「ありがとう」「ごめんね」と自然に口にしていた。
そして気がついた。
あたしは西門さんが好きなんだって。西門さんは、あたしの一部で板根になってるんだって。
だから、策士になった。
だから、命懸けだ。
始まりのこの場所で攻めて攻めて攻めまくると闘志を燃や……
刹那
首筋に指先の熱を感じる。しなやかな指先があたしの肌を這い、唇をなぞる。
あたしは舌舐めずりするかのように、チロリと舌を出す。
指先が驚きながら空を舞う。
好機は逃しはしない。
一生逃しはしない。
ずっとずっと騙してあげるね。
亀更新にお付き合いくださってありがとうございます♡
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