baroque 85
浴びるほどに酒を飲みグデングデンに酔っ払った薫を部屋まで担ぐ様に連れて来た。
ベッドに寝かせて靴を脱がせたあと、悠斗は薫の眠るベッドの脇に腰を掛けた。
「ハァッー 」
ため息を吐き、眠る薫の顔をジッと見つめた。
長い付き合いの中、どれだけ飲んでも酔うことなどなかった。いや、馬鹿みたいに酒を飲むなどなかった。
薫がこんなにも酔うなど、目の当たりにしている今でさえ信じられぬ思いでいっぱいだ。
「コイツも、ただの男だったってことか……」
悠斗とて己が自負する程に、完璧で選ばれし男だ。その悠斗が唯一素直に負けを認めることが出来るのが “宝珠 薫” という男だ。
流石に愛するかおるの初恋相手が薫だと知った時は、三日三晩悶々とする気持ちを抱えたが……それでも、愛するかおるの初恋が自分の尊敬する男で、薫で、良かったと素直に思えた。
薫自身が気がついていなかった恋心にいち早く気がついたのも悠斗だった。とは言え、なんでつくしなんだ?と首を傾げた。
一度だけ、そう一度だけ、つくしと付き合う前の薫に直接
「なぁ、なんでつくしなんだよ?お前ならどんな女でも選り取り見取りだろうよ」
と冗談めかして悠斗は聞いたことがある。
薫は爽やかに微笑んで
「それって、つくしならの間違いじゃない?」
なんの照れもてらいも無く言葉を返してから
「ねぇ、悠斗、お爺様達がつくしを人前に極力出さないようにしてるのは、つくしをずっと手元に置いておきたいからだよ」
「つくしの誕生会は盛大だろうよ」
「あれは、牽制。こんなに大事にしてるつくしに生半可な気持ちで手を出すなって言うね。
それなのにさ、つくしへの縁談話しって後を絶たないんだよね」
「それは、筒井の後ろ盾がついて来るからじゃないか?」
「うーん それだけなら僕も安心なんだけどね。
筒井のセミナーに来た男は結構な率でつくしに惚れて帰国するんだ。しかも帰国後は何かと理由つけてつくしと会いたがる。
勿論、二人で出掛けさせるなんて真似は、絶対にさせてないみたいだけどね」
「つくしがか?蓼食う虫も好き好きって奴だな」
「って言葉が出る悠斗だから、僕は安心して悠斗とつくしを会わせられるんだけどね。それに、カオちゃんも居てくれるしね」
「って、天下の宝珠薫がどんだけ弱気だよ」
「っん?
それは、カオちゃんに告白する前の悠斗みたいに…か…な?」
おどけて見せて、お互いに笑って締め括った。
そんな過去のやりとを思い出し
「いや、前からただの恋する男だったんだよな……」
眠る薫に呟いた。
自分より慎重に相手の立場を思いやる薫が半同棲のような形をいち早く取ったのも、パーティーの同伴には、つくししか連れていかないのも周囲に対する牽制だったのだと改めて思い至った。
「ったくなぁー、俺、親友失格だよな」
悠斗とて薫が望めば手に入らぬものなどないと、全てを手に入れていると思っていたのだ。
「ホントは違ったんだよな。
薫の望んでるものは、たった一つ。つくしだけだったんだよな」
昔の思い出を紐解けば……
薫の感情が豊かになったモトはつくしにあるのだと思い出す。
普段はポーカーフェイスを崩さない薫が七色に編まれた紐を眺めてはニヤついてた。
「なんだその変な紐」
なんだか薫をその紐に取られた気がしていて面白くなかった悠斗は悪態を吐いた。
「変な紐じゃなくて、リリアンっ言うんだってさ」
見たこともない極上の笑顔で愛おしげにリリアンをひと撫でしていた。
時折、そんな変なグッズが増えていく。それはレインボー鉛筆だったり、香り付きの消しゴムだったり、押し花だったりした。
贈り主の正体が判ったのは、用があると生徒会サロンにも寄らずそそくさと帰った日だ。
その日の夕方、カオルから不機嫌な声で電話があったのだ。薫が山猿みたいな女の子と筒井夫妻と共に白泉にやって来たと。あの子は誰だと。
電話を切った悠斗は、連絡も取らずに筒井邸に押し掛けた。
薫は嬉しそうに山猿の話を聞いていた。
「悠斗どうしたんだ?」
目を丸くした薫からそう聞かれ、しどろもどろすれば、
「うわぁー こん人が悠斗君だっちゃ?
あたし、つくし。牧野つくしっちゃ」
キラキラ輝く大きな瞳で、悠斗を見た。
「薫がね、悠斗君の話しをよくするっちゃ。一番の友達だって。悠斗君もス、スマイル語喋るんよね?」
「スマイル? ……スワヒリ語な」
悠斗は、いつの間にかつくしのペースに乗せられて、気づけば色々な事を話していた。つくしと悠斗の会話が盛り上がり過ぎて、薫が何となく不機嫌になったのも驚きと共に嬉しい感動だった。
白泉の合格発表の日は、ウズウズと落ち着きない薫を初めて見た。我慢できなくなったのか? 悠斗を引き連れて白泉に合格発表を見に行き、学園中を黄色い声の嵐にした。
傑作だったのは、海でつくしがカオルと共にビキニを披露した時だった。ビキニと言ってもフリルで飾られた可愛らしいタイプだったのだが、自分の着ていたラッシュガードを手渡し首元までジッパーを閉めさせた。
女の子だって認めてもらいたくって張り切るつくしと、ヤキモキする薫が可笑しくて悠斗はカオルと共に大笑いした。とは言え、悠斗自体もカオルにラッシュガードを手渡し着せたのだが。
つくしが白泉の生徒会長に認められた時には誰よりも一番に喜んで、留学先からわざわざ一時帰国したほどだ。
白泉OG会長の時政夫人に感謝の念を伝えたいと悠斗の母である祥子を通じてアポを取り、時政夫人と二人で食事をとったらしいのだが、
「薫様って、クールなお方だと聞いていたのだけど、随分とお熱い方なのね。
ねぇ、祥子さん、薫様とつくしさんって婚約者か何かなの?つくしさんは、普通のお家の出だって聞いたのだけど」
何でも、食事中ずっと、つくしの惚気話しをしていたらしいのだ。
「なんだか、伊織様と由那さんを思い出してしまったわ
私、決めたわ。あのお二人の親衛隊になるわ」
最後はそう締め括り電話を切ったのだ。
王子様は下僕のように、陰になり日向になりつくしの力になった。つくしがつくしらしく居られる様にと
なのに
「ったく、お前のお姫さんは何やってんだかな……」
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