紅蓮 104 つかつく
「かぁしゃま、ねんね?」
宗谷は首を傾げそう聞く永久の頭をひと撫でしてから眠り続けるつくしを見下ろした。
永久が宗谷を見上げ
「とぉしゃまナイナイよ」
紅葉のような小さな手で宗谷の頬を持ち上げて
「ニッコリよぉ」
そう口にした。
「永久……」
「かぁしゃま ニッコリすきよぉ」
「……こうか?」
宗谷が微笑めば、小さな手の平を合わせてパチパチと手を叩く。
「そう……だな。母様はニッコリが好きだな」
永久の温かい手がもう一度頬に触れ
「トワちゃんもニッコリすきよぉ」
可愛いらしく口にする。
この温もりを失くしたくはない。
いや……失くしはしない
「とぉしゃま、どったの?」
宗谷は永久の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「父様は、永久の全部が大好きだなって」
「じぇんぶ?」
「あぁ全部。永久の怒りん坊さんも泣き虫さんもね」
「ないないよ。トワちゃん、いつもニコニコよぉ」
宗谷は愛しき幼子を抱き上げて
「あぁ そうだね。永久は笑顔が一番似合うものね」
宗谷の言葉に満足げに永久は首を縦にふり
「トワちゃんも、とおしゃまがダイダイだいすきよぉ」
可愛いらしく口にする。宗谷の顔に自然に微笑みが広がっていく。
つくしのお腹の中に居た時から愛し慈しんできた命。愛すれば愛する程に、全ての罪が露呈した時、いつか失ってしまうのではと恐れてきた。
永久の巻き毛を見る度に、日増しに自分でない誰かに似ていく日々に恐怖した。永久が自分の子ならば、どんなに良かったのだろう。愛すれば愛するほど、あの日を後悔した。それと同時に永久がこの世に存在する奇跡に感謝し三年以上の月日を生きてきた。
日本を離れ、人目を避け……この愛おしい存在を奪われる恐怖と共に戦ってきた。
だが、なにも恐れる事などない。例え、つくしが記憶を取り戻した所で、
幸せだった三人の暮らしが無くなる事があったとしても、それが永久を失う事ではないのだ。
恐れるな。
宗谷は自分に言い聞かせるように呟く。
つくしがゆっくりと目を覚ます。
「永久?……それに……りょ…う…さん、どうしたの?
凌さんお仕事は?」
愛おしい男の名を呼びながら倒れ込んだことを覚えていないのだろうか?あの日の事を思い出してはいないのだろうか?宗谷は永久を抱き寄せ、つくしの瞳を覗きこむ。つくしの瞳の中に自分の中に対する怖れの感情を感じず、今はまだ大丈夫だと安堵した。
「興奮させてしまったようで、いつもの発作を起こしてしまったんだよ。
君が起きるまで気がきじゃ無くてね」
つくしの瞳が宗谷を見つめる。宗谷は永久とと共につくしのベッドに腰掛けると
「悪かったと思ってる。ただ……永久に何かがあったらと思うと心配で心配で。でも、いつまでも恐れていてはいけないのだよね。
手始めに……と言うか、設楽先生の所のお子さんが永久と同じくらいの年頃だったのを思い出してね。治療に来る時に連れて来てもらうのはどうかな?と思ってね……」
「設楽先生のお子さんとですか?」
「つくしの望んでいる事を決心するまでは、もう少し待っていてほしいのだけどね……どうかな?」
「本当に宜しいんですか?」
つくしは、ほんの少しの戸惑いと共に嬉しくて堪らないといった顔をして微笑んだ。
永久が窓の外を指差し
「あっ、かぁしゃま とぉしゃま ちょうちょ」
ベッドから飛び降り口にする。
真っ黒なアゲハが幾重にも重なり飛んで行く。
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