baroque 87
薫は一緒に乗り込んでいた護衛の者に声を掛けてから、眠るつくしを起こさないように静かに隣に腰掛けた。
何か夢でも見ているのか?つくしがどこか苦しげに寝返りを打つ。こけた頬に色濃く出た隈が化粧の上からでもわかる。
随分とやつれたつくしの寝顔を眺めながら、久しく見ていないつくしの笑顔を思い出す。
つくしには、いつでも笑顔でいて貰いたかった。なのに……自分は今、つくしを得る為とはいえ立場を利用し、総二郎を追い込みつくしを傷つけている。
エゴの塊で出来た酷い男だと思う。自分で自分が嫌になる。
それでも薫は、つくしを失いたいたくないのだ。
「王子様…か…」
王子様でいれば、お姫様はずっと自分の横に居てくれるものだと思っていた。父と母がそうであったように、自分とつくしもそうであると信じていた。
決して亡き父や母の模倣をしていたつもりは無い。それでも薫にとって、早くに死に別れた両親は永遠の愛の象徴だった。
つくしが白泉の会長に決まった日、どれほど嬉しかったことか。同時に、これまで以上につくしの元へ縁談が舞い込む事を危惧した。白泉の会長に就くということは、そういう事なのだ。日本に戻る時期を早め、つくしの世界に他の男が入り込まない内に自分のものにした。
広い世界を見てから、その後で自分を選んでくれれば良いと思っていた筈なのに……恋する男は臆病になって結果を急いだのだ。……それが後ろめたくて仕方なかった。
京都で、珍しく雪が舞った夜だった。
「ねぇ、あたしが白泉に通ってなかったら、こうなってなかっちゃかな?」
お揃いで買ったマグカップでココアを飲みながら、つくしが聞いて来た。
「うーん、どうかな? ……考えられないなぁ」
もしも……なんて事は考えたくなかった。もしもなんて沢山ある。
小さかったあの日、もしも……僕がわがままを言わなければ両親は事故に合わずにいられた。
いや、そもそもが僕さえ生まれ無ければ……
つくしに出会い、自分の中のもしも……を薫は消す事ができた。もしも……は、いらない。今が全てで、それしかない人生でいいじゃないかと思えた。
「そぅっちゃね、一緒に居れたから……」
一緒にいなかったら、つくしは僕を選ばなかったんだと暗に言われているよで悲しくなって、薫はつくしの言葉に自分の言葉を被せた。
「つくし、もしもの話しは、お仕舞いにしよう。僕達は、いま付き合ってるんだから」
つくしを愛すれば愛するほどに、自分の卑小さや狡さが浮き彫りになっていくようで……苦しかった。
薫は醜い自分を見られないように、コツンっとおでことおでこを合わせてつくしを抱きしめた。
「つくし、苦しめてごめん…ね…」
薫は眠るつくしに向けて、そっと呟いてから、
つくしの手の甲に手の平を重ね自分も目を閉じた。
- 関連記事
-
- baroque 90
- baroque 89
- baroque 88
- baroque 87
- baroque 86
- baroque 85
- baroque 84