ネクタール 08 つかつく
「……多分、そう……だな」
俺の返事に、牧野の瞳は更見開かれ、大袈裟でも何でもなくて、今にもおこっちそうだった。
人間の目ってこんなにデカくなんだなって変なトコに感心した。
いやっ 待てよ。こいつ若しや 妖怪 蔵ボッコ改め、一つ目タヌキか?
いやいや、目が二つあるから、一つ目って事はねぇよな。
「……司さん、司さん、なんか全く違うこと考えてません?」
大きく見開かれていた筈の瞳が、スゥーっと細められ俺をジロリと見ている。
耐えられない視線に、俺は慌てて首を振り
「……ってか、トウってなんだ?
総二郎の名前のどこにもトもウもつかねぇよな?」
形勢逆転とばかりに問いただせば
「……舌足らずで、総二郎って言えなかったんです! ソウジトウってなちゃって、それも長くて面倒だから、トウになって、あぁもう兎に角、トウはトウなんですっ! って、いけませんか?」
まくし立てるように返されて
「あっ、イケナクハナイはナイデス」
片言交りのような言葉を返してた。
そして訪れる静寂の時
「ふぅっーーーーーー」
「はぁっーーーーーー」
沈黙を破ったのは、同時に吐いた溜め息。
そして……
「……司さん、あたしの王子様です」
目をパチクリさせられるような、牧野からの告白。
俺……呆けた。
そして……あんぐりと口を開けたんだろう。
「……人間の口って大きいんですね……」
なんだか、この場にそぐう様な、そぐわない様な言葉と共にコテリと首を傾げられた。
一瞬……お前の目もそうだったんだぞ!って、言い返しそうになったが、話しが堂々巡りになりそうなんで、男らしく、グッと堪えた。
牧野は、フニャリと笑って
「司さんとあたし……トウのお家の蔵で会ってるんです。あっ、会ってるって言うか、司さんは、あたしの恩人なんです」
「恩人?」
牧野はコクンコクンと頷きながら
「ママの、あっ、母方の祖父が和菓子屋を営んでたんです。そのご縁で西門のお家によくお邪魔してて
あの日……あっ、あの日っていうのは、あたしが司さんに初めて会った日なんですけどね
あの日も祖父と共にお呼ばれしたんですけど、まだ早かったみたいで、トウもニニちゃまお留守だったんですよね。あたし、すっごく暇で、西門のお庭を探検したんです。
なんと、なんとですね、いつもは閉まってる筈の蔵が開いてたんですよ。
開いてたら、ついつい入っちゃ居ますよね?
で、入ったら閉まっちゃって……直ぐに大きい声出して助けを呼べばよかったんですけど、入っちゃイケナイって言われてる所に入ったから直ぐには大きい声も出せなかったんですよね
そしたら、閉じ込められちゃったみたいで…… 暗いし、寒いし、……お腹も空いて……大きい声を出して助けを呼んだですけど、誰も来ないし……
もう一生、蔵の中で過ごさなきゃいけないんだって、半ベソかいたら、スルスルって戸が開いたんです! 戸の外には、太陽を背にしたクルクル巻き毛の王子様が居たんです
お礼を言おうと追いかけたんですけど……パァーッと消えてたんですよ。
助けてくれた王子様の消息を聞こうにも、表立って訊けば、蔵に入ったのバレちゃうじゃないですか。バレたら大目玉だし……」
車内灯でも分かるほどに、頬を真っ赤にしながら牧野が熱弁を振るっている。
どうやら俺は、牧野を助けた幻の王子様だったらしい。
「……探しても探しても見つからないから、もう会えないんだって、あれは守護霊様とか天使様とかだったんだって諦めてたんです……
でも、でもでも、あたしずっとずっと好きだったんです。
司さんに、司さんに、会うまでって、
……あれっ?
あれあれ?
王子様は司さんで、司さんが王子様だったんだから
あたし……司さん……一筋みたいです」
なんとなくガッカリしたような顔で口にするから
「……ガッカリか?」と恐る恐る口にすれば、ふるふると首を振り
「ガッカリなんて、そんなんじゃないです……ただ……
「ただ……?」
「初恋は実らないって言うから……」
可愛い事を口にする。
「そりゃ困る」
「ぇっ?」
「俺の……この恋も実らないって事になっちまうからな
そんなの可哀想だろう?」
コクンコクンと頷く牧野の肩を抱き寄せて、俺たちの影は一つにな……らなかった。
なぜかって?
眩いばかりのライトの光とけたたましいクラクションの音に包囲されたからだ。
驚いて表を見れば、仁王立ちに佇む三人が居た。
その後?
丸々三年、彼奴らと攻防戦を繰り広げて……なんとかこうとか、牧野の隣に立つ男として認められた。
って……どんだけだ!って、感じだが、彼奴ら三人の心情を思うと仕方のねぇ時間ってやつだ。
空が真っ青に澄み渡っている。真っ白なドレスを着た牧野が三人の野郎に囲まれ、にこやかに微笑んでいる。
「つん、いつでも嫌になったら帰って来ていいんだからな」
三人それぞれが同じ台詞を口にする。
「牧野の実家はお前らの家じゃねぇだろう」
牧野の肩を抱き寄せながら、三人に言い返す。同時に牧野が
「ありがとう。
でも、司さんを嫌になることなんて無いから、大丈夫!」
そう言いながら、大きく大きく笑った。
fin
俺の返事に、牧野の瞳は更見開かれ、大袈裟でも何でもなくて、今にもおこっちそうだった。
人間の目ってこんなにデカくなんだなって変なトコに感心した。
いやっ 待てよ。こいつ若しや 妖怪 蔵ボッコ改め、一つ目タヌキか?
いやいや、目が二つあるから、一つ目って事はねぇよな。
「……司さん、司さん、なんか全く違うこと考えてません?」
大きく見開かれていた筈の瞳が、スゥーっと細められ俺をジロリと見ている。
耐えられない視線に、俺は慌てて首を振り
「……ってか、トウってなんだ?
総二郎の名前のどこにもトもウもつかねぇよな?」
形勢逆転とばかりに問いただせば
「……舌足らずで、総二郎って言えなかったんです! ソウジトウってなちゃって、それも長くて面倒だから、トウになって、あぁもう兎に角、トウはトウなんですっ! って、いけませんか?」
まくし立てるように返されて
「あっ、イケナクハナイはナイデス」
片言交りのような言葉を返してた。
そして訪れる静寂の時
「ふぅっーーーーーー」
「はぁっーーーーーー」
沈黙を破ったのは、同時に吐いた溜め息。
そして……
「……司さん、あたしの王子様です」
目をパチクリさせられるような、牧野からの告白。
俺……呆けた。
そして……あんぐりと口を開けたんだろう。
「……人間の口って大きいんですね……」
なんだか、この場にそぐう様な、そぐわない様な言葉と共にコテリと首を傾げられた。
一瞬……お前の目もそうだったんだぞ!って、言い返しそうになったが、話しが堂々巡りになりそうなんで、男らしく、グッと堪えた。
牧野は、フニャリと笑って
「司さんとあたし……トウのお家の蔵で会ってるんです。あっ、会ってるって言うか、司さんは、あたしの恩人なんです」
「恩人?」
牧野はコクンコクンと頷きながら
「ママの、あっ、母方の祖父が和菓子屋を営んでたんです。そのご縁で西門のお家によくお邪魔してて
あの日……あっ、あの日っていうのは、あたしが司さんに初めて会った日なんですけどね
あの日も祖父と共にお呼ばれしたんですけど、まだ早かったみたいで、トウもニニちゃまお留守だったんですよね。あたし、すっごく暇で、西門のお庭を探検したんです。
なんと、なんとですね、いつもは閉まってる筈の蔵が開いてたんですよ。
開いてたら、ついつい入っちゃ居ますよね?
で、入ったら閉まっちゃって……直ぐに大きい声出して助けを呼べばよかったんですけど、入っちゃイケナイって言われてる所に入ったから直ぐには大きい声も出せなかったんですよね
そしたら、閉じ込められちゃったみたいで…… 暗いし、寒いし、……お腹も空いて……大きい声を出して助けを呼んだですけど、誰も来ないし……
もう一生、蔵の中で過ごさなきゃいけないんだって、半ベソかいたら、スルスルって戸が開いたんです! 戸の外には、太陽を背にしたクルクル巻き毛の王子様が居たんです
お礼を言おうと追いかけたんですけど……パァーッと消えてたんですよ。
助けてくれた王子様の消息を聞こうにも、表立って訊けば、蔵に入ったのバレちゃうじゃないですか。バレたら大目玉だし……」
車内灯でも分かるほどに、頬を真っ赤にしながら牧野が熱弁を振るっている。
どうやら俺は、牧野を助けた幻の王子様だったらしい。
「……探しても探しても見つからないから、もう会えないんだって、あれは守護霊様とか天使様とかだったんだって諦めてたんです……
でも、でもでも、あたしずっとずっと好きだったんです。
司さんに、司さんに、会うまでって、
……あれっ?
あれあれ?
王子様は司さんで、司さんが王子様だったんだから
あたし……司さん……一筋みたいです」
なんとなくガッカリしたような顔で口にするから
「……ガッカリか?」と恐る恐る口にすれば、ふるふると首を振り
「ガッカリなんて、そんなんじゃないです……ただ……
「ただ……?」
「初恋は実らないって言うから……」
可愛い事を口にする。
「そりゃ困る」
「ぇっ?」
「俺の……この恋も実らないって事になっちまうからな
そんなの可哀想だろう?」
コクンコクンと頷く牧野の肩を抱き寄せて、俺たちの影は一つにな……らなかった。
なぜかって?
眩いばかりのライトの光とけたたましいクラクションの音に包囲されたからだ。
驚いて表を見れば、仁王立ちに佇む三人が居た。
その後?
丸々三年、彼奴らと攻防戦を繰り広げて……なんとかこうとか、牧野の隣に立つ男として認められた。
って……どんだけだ!って、感じだが、彼奴ら三人の心情を思うと仕方のねぇ時間ってやつだ。
空が真っ青に澄み渡っている。真っ白なドレスを着た牧野が三人の野郎に囲まれ、にこやかに微笑んでいる。
「つん、いつでも嫌になったら帰って来ていいんだからな」
三人それぞれが同じ台詞を口にする。
「牧野の実家はお前らの家じゃねぇだろう」
牧野の肩を抱き寄せながら、三人に言い返す。同時に牧野が
「ありがとう。
でも、司さんを嫌になることなんて無いから、大丈夫!」
そう言いながら、大きく大きく笑った。
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