baroque 90
つくしは、その声を聞きながら総二郎に連絡をとるためにスマホに手を伸ばした。
ふぅっ
自分でも気付かぬ小さな吐息を一つ溢してから、総二郎の機嫌が悪くなりませんようにと願いを込めて文字を打ち込んでいく。
送信を押した後、小さなバッグを脇に抱えて席を立った。
八条口を出れば、いつもと変わらない京都の街がつくしを出迎えた。
車窓から町を眺めれば、観光客の舞妓姿が目に飛び込んで来た。
何度目に来た時だろう? 筒井の邸に行く前に雪乃に連れられて舞妓姿になったのは。舞妓姿になってみたいと漏らしたつくしの独り言を耳にした雪乃が特別に用意した舞妓の衣装。
小さなつくしに、舞妓の衣装もお化粧も似合う筈などないのに、雪乃は手を叩き目を細め、嬉しそうに「綺麗 綺麗」を連呼した。
出来上がった写真を見ながら二人で夕餉を食べた。外せない案件でそれでも急いで帰宅したつう爺は、その写真を見て、口をあんぐりと開けた後、「なんと可愛らしいんじゃ 儂も見たかった」そう言って唇を尖らせた。その顔がヒョットコそっくりだと雪乃と二人で大笑いした。
昔の記憶が蘇り思わず笑みが溢れた。
つくしが養女になった事や筒井の仕事を本格的に手伝うようになった事で、雪乃のつくしへの過干渉ぶりは以前に比べて随分と和らいでいる。そのお陰なのか……目一杯に愛された日々の事が時折思い起こされる様になった。
白泉での初めての運動会の日、雪乃の指には絆創膏が巻かれていた。お弁当の時間になって初めてそれが目の前のお弁当の為だったのだと理解した。端正に作られた料理の数々の中に歪な形の俵形のおむすびやちょっと焦げた唐揚げや出汁巻玉子が紛れ込んでいたのだ。雪乃の真心が嬉しくて嬉しくて、つう爺と二人で競うようにして食べた。
つくしが料理好きになったのは、この日のお弁当があったからだ。
つくしが風邪を引き寝込んだ時、寝ずの看病をしてくれたのも、あんなに反対していた東京行きの準備を整えたのも……雪乃なのだ。思い出を紐解けば、優しさが溢れ出してくる。
程なくして、つくしを乗せた車は筒井の屋敷に着く。沢山の使用人と共に雪乃がつくしを出迎えた。
「お養母さま ただいま戻りました 」
雪乃は嬉しそうに目を細める。同時にやつれたつくしを目にして、心を痛ませた。それでも、気づかぬふりをしながら
「つくしちゃんの好きなもの沢山用意しているのよ。
亜矢ちゃんも、後で来るって言うから、三人で、うーんと、なんて言ったかしら? ほら うーーん あっ、女子会? そう女子会しましょう」
華やかな声を出した。
「じゃ、亜矢ちゃん来るまで、まだ時間があるからお部屋で待っていてちょうだい」
雪乃の言葉に頷き、つくしは自室に入った。
東京に出てからの二年間、京都に戻ってきても、大半の時間を薫と住むマンションで過ごしていたつくしに取って、二年前と変わらないこの部屋は少し幼い。
書棚に並んだ本を取り中を開けば
はらり
薄茶に色が変わった桜の花びらが空を舞った。
二人で過ごした日々が、鮮明に蘇ると共に……薄茶に変色した花びらが、それは過去のことだと告げている。
つくしは屈み込み、花びらを拾った。
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