baroque 92
つくしには、答えを待つほんの少しの沈黙が、永遠にも感じられるほどに長く感じた。
「由那と一緒だから? ううん、亜矢ちゃんも生徒会長だったのよ。私も生徒会の役員をしていたから、白泉で一番信頼できるとみんなが認めた人物が生徒会長になるんだってよく知っていたの……貴女が白泉の生徒会長になるって聞いて、あぁやぱっりって気がして嬉しかったの。
それに……白泉の交友関係は一生涯続くものですもの。つくしちゃんは、白泉できちんと自分の居場所を作ってると目に見えた形で感じられて嬉しかったの。もう萩には戻らないで、近くにいてくれるんだって」
「……ほん……とうに?
由…那さ…んと一緒だからじゃなくて?」
「つくしちゃん、たしかに貴女を見ていると由那といた幸せな時間が戻って来たようで嬉しかったのは事実よ。
でもね、貴女に由那のようになって欲しいとは思ったことは無いし、これからも思うことはないわ。だって、そうしたら由那が可哀想でしょう? それに由那が〝お母さん、由那は由那だよ〟って絶対怒ると思うの。
ただ……由那が生きていて、つくしちゃんと出会えたらどうだったんだろうって、想像したことはあるわ。
由那は、間違いなくつくしちゃんを好きになって、親切と言う名のお節介をやきまくって、つくしちゃんにひかれたりするんじゃないかしら。とか、色々連れ回して、親子に間違えられて、〝あら失礼な、私達親子じゃなくて姉妹なのよ〟なんて澄ました顔で言うんじゃないかしら。なんて事を想像するの
もしもなんて……この世には存在しないのにね……」
雪乃は、どこか悲しげに遠くを見つめたあと、優しく微笑み
「答えにならないお話を長々としてしまったけれど、私ね一つだけ絶対そうだって言い切れることがあるの。
あのね、由那がいようがいまいが、つくしちゃん、私は貴女に出会ったら貴女を好きになるわ」
キッパリと言い切ると、雪乃はつくしを抱きしめた。その腕の中でつくしは声を出して泣いた。
つくしは、どれくらい泣いていたのだろう。泣き過ぎて、ヒクッヒクッが止まらないし、目の前が霞んでいる。
それでも……つくしの心は晴れていく。
「ねぇ、つくしちゃん 由那の映ったビデオを見てみない?」
雪乃のその声に、つくしは顔をあげる。雪乃は、つくしの髪を梳きながら
「動く由那、まだ見たことないでしょ?」
そう言ってニッコリ笑う。
「動く由那さん?」
「えぇ 動く由那。写真より由那のことがわかると思うの」
逡巡した。でも……いまなら由那と対峙出来るかもしれないと、つくしは頷いた。
シアタールームに移動した三人は、広い部屋の中なのに、何故か寄り添いビデオを見始めた。
バスディーダイジェストと題されたビデオは、由那の誕生した日から始まり、毎年のお誕生日の様子が纏められたものだった。ビデオの中の由那は、写真の中の由那と違って、なんとも言えない愛嬌があった。両隣に座る雪乃と亜矢を交互に見れば、二人とも、〝ねっ 随分と違うでしょ〟とでもばかりに、フワリと微笑む。
由那の映像は、つくしの中から恐怖を消していく。
「由那さん……可愛い」
つくしの口から賛美の言葉が溢れれば
「そうでしょ」
自慢げに雪乃が答える。
その答え方が自然で、本当に由那さんを愛していたんだと、つくしの心に伝わってくる。
次の瞬間……
緋色の大振袖を着た由那が、満開の桜の中、それに負けない美しい笑顔で映った。
「この……お着物」
「つくしちゃんも着てくれたわよね。この着物は、元々、栄が私のイメージで作って貰ったなの。
あとで知ったのだけれど、この作家さんを説得して作ってもらうまでに三年。製作に二年。出来上がりまでに五年も掛かったんですって。
……それだけの長い間、栄は私を好きでいたみたいで…… そんな思いを知らずに着てしまった着物なの。
そんな話をね、伊織くんにした事があるの。なんで娘の由那じゃなくて、伊織くんだったのか、我ながら不思議なんだけどね」
雪乃は、当時を思い出したのかクスリと一つ笑ってから、言葉を続ける
「伊織くんがね、結納の儀に由那に着て欲しいって言ってくれたの。由那に理由を話したらしくって……子供が生まれたら、その子の慶事に着せたい。そう言ってくれたの。親子代々伝わるなんて嬉しくて、嬉しくて、でも……もう誰にも着て貰うことはないと思っていたの。
だから、つくしちゃんと薫の婚約が決まった時、つくしちゃんに着てもらうのはこれしか無いって思ったの
今更こんな話し、迷惑だったわよね。ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝る雪乃に首を振りつつ、つくしはあの日の事を思い出していた。
緋色の大振袖を着たあの日、由那の代わりに一生生きていく。そんな枷を嵌められたのだと、つくしは思った。
その晩、つくしは愛する男の隣で夢をみた。由那がニタリと笑って、つくしの肩にてを置く夢を。
怖かった。でも……怖いより、辛かった。自ら欲した結末が、身代わりとして愛される事だなんて。
ツライ ツライ ツライ ツライ ツライ……
なのに
アイシテ アイシテ アイシテ 愛している。
愛さなければ……こんなことにはならなかったのに……いつしかつくしの考えは、そんな風に変貌を遂げ、愛の側にいる憎しみに手を差し出した。
愛することより、憎むことの方がつくしの気持ちを楽にした。
でも……愛する男に触れてしまえば、愛して欲しいと願ってしまう。
愛して 愛して 愛して アタシヲアイシテ
でもその思いを口に出せずに
ニクンデ ニクンデ ニクンデ……ニゲタ。
「由那と一緒だから? ううん、亜矢ちゃんも生徒会長だったのよ。私も生徒会の役員をしていたから、白泉で一番信頼できるとみんなが認めた人物が生徒会長になるんだってよく知っていたの……貴女が白泉の生徒会長になるって聞いて、あぁやぱっりって気がして嬉しかったの。
それに……白泉の交友関係は一生涯続くものですもの。つくしちゃんは、白泉できちんと自分の居場所を作ってると目に見えた形で感じられて嬉しかったの。もう萩には戻らないで、近くにいてくれるんだって」
「……ほん……とうに?
由…那さ…んと一緒だからじゃなくて?」
「つくしちゃん、たしかに貴女を見ていると由那といた幸せな時間が戻って来たようで嬉しかったのは事実よ。
でもね、貴女に由那のようになって欲しいとは思ったことは無いし、これからも思うことはないわ。だって、そうしたら由那が可哀想でしょう? それに由那が〝お母さん、由那は由那だよ〟って絶対怒ると思うの。
ただ……由那が生きていて、つくしちゃんと出会えたらどうだったんだろうって、想像したことはあるわ。
由那は、間違いなくつくしちゃんを好きになって、親切と言う名のお節介をやきまくって、つくしちゃんにひかれたりするんじゃないかしら。とか、色々連れ回して、親子に間違えられて、〝あら失礼な、私達親子じゃなくて姉妹なのよ〟なんて澄ました顔で言うんじゃないかしら。なんて事を想像するの
もしもなんて……この世には存在しないのにね……」
雪乃は、どこか悲しげに遠くを見つめたあと、優しく微笑み
「答えにならないお話を長々としてしまったけれど、私ね一つだけ絶対そうだって言い切れることがあるの。
あのね、由那がいようがいまいが、つくしちゃん、私は貴女に出会ったら貴女を好きになるわ」
キッパリと言い切ると、雪乃はつくしを抱きしめた。その腕の中でつくしは声を出して泣いた。
つくしは、どれくらい泣いていたのだろう。泣き過ぎて、ヒクッヒクッが止まらないし、目の前が霞んでいる。
それでも……つくしの心は晴れていく。
「ねぇ、つくしちゃん 由那の映ったビデオを見てみない?」
雪乃のその声に、つくしは顔をあげる。雪乃は、つくしの髪を梳きながら
「動く由那、まだ見たことないでしょ?」
そう言ってニッコリ笑う。
「動く由那さん?」
「えぇ 動く由那。写真より由那のことがわかると思うの」
逡巡した。でも……いまなら由那と対峙出来るかもしれないと、つくしは頷いた。
シアタールームに移動した三人は、広い部屋の中なのに、何故か寄り添いビデオを見始めた。
バスディーダイジェストと題されたビデオは、由那の誕生した日から始まり、毎年のお誕生日の様子が纏められたものだった。ビデオの中の由那は、写真の中の由那と違って、なんとも言えない愛嬌があった。両隣に座る雪乃と亜矢を交互に見れば、二人とも、〝ねっ 随分と違うでしょ〟とでもばかりに、フワリと微笑む。
由那の映像は、つくしの中から恐怖を消していく。
「由那さん……可愛い」
つくしの口から賛美の言葉が溢れれば
「そうでしょ」
自慢げに雪乃が答える。
その答え方が自然で、本当に由那さんを愛していたんだと、つくしの心に伝わってくる。
次の瞬間……
緋色の大振袖を着た由那が、満開の桜の中、それに負けない美しい笑顔で映った。
「この……お着物」
「つくしちゃんも着てくれたわよね。この着物は、元々、栄が私のイメージで作って貰ったなの。
あとで知ったのだけれど、この作家さんを説得して作ってもらうまでに三年。製作に二年。出来上がりまでに五年も掛かったんですって。
……それだけの長い間、栄は私を好きでいたみたいで…… そんな思いを知らずに着てしまった着物なの。
そんな話をね、伊織くんにした事があるの。なんで娘の由那じゃなくて、伊織くんだったのか、我ながら不思議なんだけどね」
雪乃は、当時を思い出したのかクスリと一つ笑ってから、言葉を続ける
「伊織くんがね、結納の儀に由那に着て欲しいって言ってくれたの。由那に理由を話したらしくって……子供が生まれたら、その子の慶事に着せたい。そう言ってくれたの。親子代々伝わるなんて嬉しくて、嬉しくて、でも……もう誰にも着て貰うことはないと思っていたの。
だから、つくしちゃんと薫の婚約が決まった時、つくしちゃんに着てもらうのはこれしか無いって思ったの
今更こんな話し、迷惑だったわよね。ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝る雪乃に首を振りつつ、つくしはあの日の事を思い出していた。
緋色の大振袖を着たあの日、由那の代わりに一生生きていく。そんな枷を嵌められたのだと、つくしは思った。
その晩、つくしは愛する男の隣で夢をみた。由那がニタリと笑って、つくしの肩にてを置く夢を。
怖かった。でも……怖いより、辛かった。自ら欲した結末が、身代わりとして愛される事だなんて。
ツライ ツライ ツライ ツライ ツライ……
なのに
アイシテ アイシテ アイシテ 愛している。
愛さなければ……こんなことにはならなかったのに……いつしかつくしの考えは、そんな風に変貌を遂げ、愛の側にいる憎しみに手を差し出した。
愛することより、憎むことの方がつくしの気持ちを楽にした。
でも……愛する男に触れてしまえば、愛して欲しいと願ってしまう。
愛して 愛して 愛して アタシヲアイシテ
でもその思いを口に出せずに
ニクンデ ニクンデ ニクンデ……ニゲタ。
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