まだ気づかない08 類つく
現在、牧野は非常に困っている。原因はいくつかあるのだが、一番の困りポイントが、雪之丞がオランダに行ってこの方、ゆっくり話しが出来ていないことだ。牧野にとって雪之丞は、ある意味〝特別〟だ。
困ったときは、雪之丞。何かあったら雪之丞。いや、何がなくとも雪之丞。出会ってから十年の間に培わされた関係だ。
学生の頃は、ほぼ毎日。社会人になってからだって、少なくとも週に二回は会っていたのだ。
そこまで考えて、はたと思う。
「あれっ? あたし、今までなんで淋くなかったんだろう?」
以前、雪之丞の出張と牧野の出張が重なり一ヶ月くらい会えなかった事がある。毎日メールで連絡をとっていたのに関わらず、淋しくて淋しくて、最後の一週間は、毎日電話していた。
なのに……
「ううん。淋しがってる時間がなかったんだよ。うん。ただそれだけだよ」
そんなわけないってことは、自分が一番理解してる筈なのに牧野は、自分の考えに蓋をしようとする。
まぁ、その蓋をしている原因を雪之丞に相談したいのだが……
「ふぅっーーーー」
昼間とは違う溜息を吐きながら、スマホを見つめて
「電話じゃ上手く話せないよね……やっぱり、雪ちゃんに会わなきゃだよね。
ヨシッ 専務に負けないぞー!」
握り拳を天に向けた。
その瞬間、カタカタとスマホが揺れた。
次の日の牧野、溜息を吐くどころか、鼻歌が出そうなほど、ご機嫌で仕事をこなしている。
溜息も吐かない。
「ねぇ、牧野なんかいいことでもあったの?」
類が思わず聞いたほどだ。牧野は、ツンと澄ました顔を作り
「専務に、なにか不都合がございますでしょうか?」
「あっ いや 世間話って言うのかな…… もう少し、なんて言うか言い方とかない?」
類は牧野に責められて、タジタジになりながら言葉を返した。
「言い方でございますか?」
牧野の言葉に類が頷けば
「僭越ながら申させて頂きますと、一介の社員と花沢物産の専務……立場を考えますと、この位の距離感がよろしいかと」
牧野は満面の笑みで、言い切った。
「……立場?」
「えぇ 立場でございます」
「どの口がそれを言う?」
「専務は時折可笑しな事を仰いますが、どの口もなにも、私の口は、この口一つで御座います」
ニッと口角を上げ、類に言葉を返した。
牧野の挑発的な微笑みに
「__________何が望み?」
「望みなんて______専務に向かって、滅相もございません」
「ないの?ないなら別に構わな「ご、御座います」
「じゃ、言いなよ」
類は呆れたように口にした。
「__________フィレンツェ視察の際に、お休みを頂きたく存じます」
「フィレンツェ? フィレンツェの話し、牧野にしたっけ?」
類は、一瞬……雪之丞から聞いたのか?と牧野を問い詰めたくなったが、平然さを装いそう聞いた。
「田村室長からお伺いしましたが」
「あっ、そっか。
じゃ、田村に聞いて支障がなければいいよ。
って、牧野のことだから、田村にはもう確認済みだよね?」
「はい。室長も専務に支障が無ければとおしゃっておりましたので_____専務、本当にありがとうございます。フィレンツェは思い出の地ですので、本当に嬉しいです」
満面の笑みを浮かべる牧野に、類はしばし見惚れた。そのせいで、雪之丞と同じく牧野にとっても、フィレンツェが思い出の地だと言っていたのに気付いたのは、寝入る直前だった。
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