明日咲く花

花より男子の2次小説になります。

Rival amoureux 第2話 -星香-


2021ruiBD_02.jpg



第2話




自らに向けられた鋭い眼。まるで恋敵ライバルを見るようなそれ。
嫌な、予感。
胸騒ぎに似たものを抱えつつ、楓維の鋭い睨みに引くことなく応じていた類だが、相手は子供。こういう時は逃げるが勝ち、と、類の第六感が告げる。
椿に向かい『俺達、予定があるから…』と、つくしの手を掴み立ち去ろうとしたのだが…

むんずっ!
類が繋いだのとは逆の手を、楓維がしっかりと掴む。

「え…かっ…楓維くん…? どうした…」
「俺、喉が渇いた。つくし、どっかでお茶飲もう」
「えっ? つくし?」「………」
「そうね、つくしちゃん。何処かでお茶しましょうか」
「えっ? あっ…はい…」
「決まりね。類もいいでしょ?」

曖昧に返事をしたつくしが、ちろりと類に顔を向ける。が、昔から強引な椿に、誰も逆らえる筈がない。
仕方ないとばかりに頷く類の眼に飛び込んできたのは、類にだけ向けられる、勝ち誇ったような楓維の笑み。

予感的中。
した瞬間だった。



一行が向かったのは、スカイレストラン634ムサシ。丁度ランチとディナーの間の休業時間だったが、そこは天下の道明寺財閥。あっという間に席が用意された。

「じゃあ、先輩は大丈夫なんですね」
「ええ。…ああ、もしよければつくしちゃんもお見舞いに行ってあげて。きっと喜ぶわ」

女二人が近況報告に花を咲かす。類はつくしの隣に座り、黙ったまま珈琲を口に運んでいると、目の前からビシバシ届く、強烈な視線。そちらへ目線を向ければ、居たのはグラスに半分ほど入ったジュースを抱え、悔しげにストローを噛む、楓維の姿。

『なんであんたが、そこに座ってるんだよっ!』
『当たり前だろ』
『そこ、退けよ。俺がつくしの隣に行くんから』
『ヤダ』

言葉にこそなっていないが、実は、男同士の会話も凄いことになっていた。
…のだが、幸か不幸か、当人達以外は気付いていない。
そうこうしているうちに、ディナータイムに入った店内に、他の客が入ってきた。

「あっ…もうこんな時間…。ごめんなさいね。本当は夕食も一緒にしたかったんだけど、新幹線の時間があってね」
「そうですよね。楓維くん、ママと旅行行けていいね。楽しんできて」

時計に目をやる椿の様子に、類は内心『やっとか…』と胸をなで下ろす。
楓維が向ける敵意の原因がはっきりした以上、長居は無用だ。腰を浮かそうとした時、またも楓維がそれを阻んだ。

「つくしも一緒に行こっ!」
「えっ!?」

突然の提案につくしは声を上げ、類の眉間には僅かに皺が寄る。
椿は『もし良ければ…』と誘ったが、つくしは首を横に振った。アルバイトや就活準備で、旅行する時間は取れない。

「あっ…あのね、楓維くん。おねーさんにはバイトが…って判らないかな…?
兎に角、東京は離れられないのよ」
「じゃあ、俺がつくしん家に泊まるっ!」
「えっ?」「……………」

再びつくしが驚き、類の眉間の皺は一層深くなる。
そんなことを知ってか知らずか、楓維は無邪気に告げた。

「ちょっと、楓維。旅行は? 行くんでしょ?」
「俺、旅行よりつくしん家に行きたい。つくしの作ったご飯が食べたい」
「…まぁ別に…泊まるのは構わないし、ご飯くらい食べさせてあげるけど……」
「ホント? やったー!」「牧野!?」

ぽろりと洩らした一言に、一人は喜び一人は困惑する。
こうなってしまったら、もう楓維は梃子でも動きそうにない。
はぁーっと椿が大きくため息をついた。

「ごめんね、つくしちゃん。そうしたら少しの間だけ…そうねぇ…一週間くらい、お願いできるかしら?
実はね…旅行先で人と会う予定があって。『日本に来るなら』ってずっと言われていた方だから、あまり無下にもできないの。
本当は楓維も連れて行きたかったんだけれど…。今回は私だけで行ってくるわ」
「大変ですね。大丈夫ですよ。気になさらないで下さい」
「ありがとう。あっ、それと! 
もし楓維が悪さしたら、たたき出して構わないからねっ」
「は…はぁ…」

つくしと椿の間で話がまとまりかけた瞬間、徐に類が口を開く。

「………俺も、牧野ん家に泊まる」
「類?」

『なんで?』とつくしが尋ねるより先に…

「いいよね?」

にこり。
つくしが弱い、無邪気な天使の、他人が見れば尻尾が生えた悪魔の笑顔。
まともに食らったつくしに、“否”という選択肢はない。

頬を染めるつくしに、笑顔を向ける類。
楓維が類の方に目線を向ければ……類も一瞬だけ楓維に、勝ち誇ったような顔を向ける。
思わず歯ぎしりする。

斯くして、一週間の奇妙な同棲……もとい、同居生活が始まった。



-----



椿の配慮で、その日はそのままレストランで早い夕食となり、外に出たときにはとっぷりと日が暮れていた。
『車は使って頂戴』という申し出も断りきれず、真っ黒な高級車に乗り込む。
つくしを真ん中に、左に類、右に楓維。
楓維が『つくし、あれなに?』と腕を引っ張れば、『あ、あれ牧野に似てる』と類が逆方向を指差す。

車内で小さな攻防戦が繰り広げられる中、辿り着いたのは車に似合わぬ古いアパート。ついニ年ほど前までは、家族四人でここに住んでいた。
が、両親は田舎の農家の手伝いで地方へ行き、進は大学の関係で関西へ。今ではつくし一人で暮らしている。元々、家族四人で暮らしていたこともあり、つくしから見れば広さは充分。あと二人同居人が増えたところで問題は無かった。

そして、つくし達が着くのを見計らったかのように、大きな荷物が幾つも部屋に運び込まれる。半分は花沢、残りは道明寺からで、中には食材、類と楓維の服や雑貨品のほか、何故かつくしの服や化粧品まで大量に盛り込まれていた。

「何コレ?」
「ん、お礼」
「お礼って…」
「だって、お世話になるんだし」

にこり。
笑顔で『これ可愛い。明日はこれ着なよ』と言われれば『…ありがとう…』と応じるしかない。

「つくしっ! つくしにはこれが似合うぞっ!」
「う…も…もういいからっ……。ありがとうね。
とりあえず……片付けは明日にして……。
あっ、お風呂…どうしよう? 楓維くん、一人で入れる?」
「お風呂…?」

ふりふりと、首を横に振る。
まだ五歳の楓維は、勿論一人で風呂に入ることはない。
米国では殆どナニーの世話になっていたが、たまに時間があえば父親や母である椿と一緒に入っていた。

「うーん、そうよね…。うちのお風呂、ちょっと狭いけれど、一緒に入る?」
「うん♪」「!!」

喜ぶ楓維に焦る類。
類にしてみれば、冗談ではなかった。
本当なら何処か二人でレストランに行き、つくしに告白して、それから………。
なのに今日、楓維に出会って以来、悉く類の“計画”が邪魔されているのだ。

つくしの家に泊まることが出来たのは結果オーライだが、このうえ楓維だけがつくしと一緒に風呂に入るなんて、絶対に、ぜーったいに、許すことはできない。
かといって、類が楓維と二人、狭いアパートの風呂に入るのは考えもの。
こうなると、考えられる手段はひとつしかない。

「銭湯…」「えっ?」
「銭湯、行きたい」
「えっ? 銭湯?」
「そっ。ここの近くにあるでしょ?」
「そりゃあ…あるけど……類、大丈夫?」
「ん、前に牧野と見た映画に出てきたでしょ」
「映画……って……あれはあんまり参考にならないと思うんだけど……」

一緒に見た、某古代ローマ建築技師の映画を思い出し、思わず苦笑する。
前のところから引っ越す際、類の『部屋に風呂があった方が夜出歩かなくていいし安全だよ』のアドバイスを受け、風呂付のここに決めた。だが下町のこの辺りには、未だ風呂のない部屋も多くある。
そのためか、昔ながらの銭湯が徒歩圏内にあるうえに、そこはつくしのバイト先のひとつでもある。週に一度は風呂掃除に行っており、お店の人は勿論のこと、常連さんとも顔馴染みだ。

「それにアイツにも貴重な経験じゃない? 銭湯なんて」
「う…ん。確かに。そうかもね」

ホンネを綺麗に押し隠し、尤もらしい言葉を口にする。その一押しに、つくしもその気になってくるから、不思議なものだ。
『じゃあ、銭湯に行こう』の一声に、手早く支度を調え、再び外に出た。



「いい? 楓維くん。湯船の中は泡だらけにしちゃ駄目よ。外国式とは違うんだから。あと、出るときはこのタオルでさっと身体を拭いてね。ビチャビチャのままで脱衣所に出ると、みんなに迷惑だからね」
「判ってるよ。任せておけ」

何をどう任せるのかは定かではないが、自信満々に楓維が拳を振り上げる。

「類、シャンプーとか石鹸とか、持って入るの忘れないでね。温泉と違うから、ここに備え付けのはないからね。
あっ、出たら二人とも、何か飲んでいいから。今日は特別だよっ。ちなみにフルーツ牛乳かパンピーのオレンジジュースがオススメかなぁ…。あっでも、好きなの飲んでね。料金は全部纏めて、こっちで払っておくから」
「ん、お願い」

『映画で見た奴だ、ルン♪』と、不機嫌だった類も上機嫌になる。


銭湯への道すがら、お節介のオバチャンよろしく銭湯ルールを説明をするつくし。十分も歩かぬうちに辿り着いた煙突を前に、『じゃあ、後でね』と暖簾を潜る。
類は、後を追い掛けようとする楓維の首根っこを掴み『お前はこっち』と男湯暖簾へと押し込んだ。


レトロな引き戸を開くと、むわっと漂う、銭湯特有の湿気。中は然程混んでいないようで、それこそ映画の中に出てきたような老人達が数名、思い思いに寛いでいた。入って直ぐ真横にある番頭台には、ふくよかな女性が座っている。その向こう側からは、元気なつくしの声が聞こえてきた。

「小母さん、こんばんは」
「おや、つくしちゃん。お風呂に入りに来るなんて、久しぶりじゃない?」
「はい。そうなんですよー。今日はお客です。大人二人と子供一人。男湯そっちにいる大人と子供、二人分も併せてです。あっ、あと、頭も洗います。飲み物も三本分。全部一緒でお願いします」
「うん? こりゃまた……随分なイケメンさんだねぇ…。つくしちゃんの彼氏?」
「えっ…えっと…それは…」「はいっ!」

つくしが応じるより先に、楓維が大きな声で返事をし、類は軽く頷く。
一瞬の間。
の後、番頭台から笑い声が響いた。

「つくしちゃん、モテモテだねぇ…。坊や、名前は」
「俺様は坊やじゃない。楓維だっ!」
「はいはい…。坊や、ゆっくり温まっておいで。そっちのイケメンさんもね」
「…………」

楓維の声は聞こえるものの、類の反応まではつくしには判らない。薄い壁の向こうから、不安げなつくしの声が届く。

『すみませんー。その二人、銭湯初めてなので……。皆さん、宜しくお願いしまーす』
「あいよー、つくしちゃん」「任せておけー」

それに反応する、常連らしきじいちゃんズ。よっこらせと立ち上がり、ツツっと二人に寄ると、『ホラ、ここで着替えるんだ』『服はここに入れろ』等々、声が上がる。
流石に成人男性である類に手を出すことはないが、小さな楓維はご老体達にとっては格好の玩具なのだろう。脱衣所だけでなく浴室に入ってからも、『ちゃんと身体を洗え』だの『湯を流すから耳を塞げ』だの、あれやこれやと世話をやきたがった。


「ふーっ……何なんだよ…アイツラ…」

度重なるじいちゃんズの攻撃を潜り抜けた楓維は、タオルを頭に乗せ顔を真っ赤にしながら、湯船に浸かりポツリと呟く。その横で『ちゃんと肩まで浸かって百数えなきゃダメだぞっ』と見知らぬオヤジに諭され、思わず『判ってるよっ!』と応じてしまう。
悪態をつきつつそれに答える。変に素直な所が司に似ている気がして、知らず類の顔に笑みが浮かんだ。

「………アンタさ………」

楓維は器用にすすっと湯船を泳ぎながら類に近付き、口を開く。

「よく平気だな」
「……なにが……?
「…その…こんなの…」
「…………」

まだ五歳とはいえ、そこは道明寺と世界のホテル王の血を引く跡取り息子。類が企業跡取りとは判らずとも、自分達と“同じ類”の人間だとは感じているようだ。
一方の類にも、楓維が言い淀む気持ちは判る。米国富豪の家に生まれた彼が、ここまで“普通の子供”扱いされたことなど、これまでになかった筈だ。困惑して当然とも言える。
目を閉じ手足を伸ばし、まったりと湯船に浸かっていた類が、ゆるゆると眼を開け周囲に視線を向ける。

「ここが……」
「………」
「これが、牧野の日常だから」
「つくしの?」

楓維が、きょろきょろと周囲を見回すと、聞こえて来るのは……。
常連じいちゃんズの、的外れな会話。
カコーンと音が鳴る、蛍光色のケロリン桶。
女湯から洩れてくる、ダンナの悪口と笑い声。
類も、楓維も、知らなかったもの。

『ッ……だから、何だよっ……』

そう反論しようとするのだが、言葉は声にならない。類はそれを見越したかのように、再び眼を閉じてしまう。
それ以上何か言うのがどうにも憚られ、楓維は湯船に半分潜るようにして膝を抱えた。


二人の間に沈黙が流れることしばし。
それは、天井が開いた壁の向こうからの声に破られる。

「類ー! 楓維くーん! 大丈夫ー!? のぼせてないー!?」

ひときわ大きなつくしの声に、『ほら、つくしちゃんが呼んでるぞ』『そろそろ上がったらどうだ』と、周囲が再び世話を焼き出す。類はゆっくり眼を開いた。

「行くよ」
「……うん……」

その声に促され、楓維もさばっと立ち上がった。



-----



「類、大丈夫? 重くない?」
「ん、平気」

月明かりの帰り道。
皆が振り返る容姿の男は、眠る少年を背中にテボテボと歩く。

浴室を出た後もじいちゃんズに構われ、綺麗に頭まで拭いて貰い、つくしお勧めのフルーツ牛乳を飲んだまでは良かった。
…のだが、類が少し目を離した隙に、楓維は椅子の上でこっくりと船を漕いでいた。
仕方なしに幼児を背負い、銭湯を出る。先に出ていたつくしが駆け寄り、冷えるからと半纏を引っ掛けた。

「長湯して、疲れちゃったのかな?」
「かも? なんか“平たい顔の一族”に構われてた」
「ははっ。確かに、類や楓維くんから見れば、みんな“平たい顔の一族”よねぇ…」

『…って、私も!?』とひとり突っ込むつくしの姿に、思わずぷっと吹き出す。

「あっ、今笑ったでしょっ!」
「否……あっ、フルーツ牛乳、美味しかった」

目を釣り上げるつくしに、さらりと話題を変える類。

「でしょ? いつも飲みたいなあ…って思っててね。
たまーに、本当にたまーに飲むのが、すっごい贅沢だったんだよね」

嬉しそうに力説するつくしに、類も笑顔を向ける。


 ―…ま、こんな日も……たまにはいいか。


そんな甘い考えは、直後、綺麗に覆ることになるのだが……。
この時の類はまだ、知る由もなかった。





Rendez-vous demain...


↓おまけつきです♪
web拍手 by FC2
関連記事
スポンサーサイト