Rival amoureux 第5話 -空色-
今日 三月三十日、俺の二十二歳の誕生日だ。この時期にしては青が濃く雲一つ無い空だった。
楓維が乗ってる飛行機に大きく手を振る牧野の隣で、その機体が滑走路の誘導灯の先へ、その先の星空に溶けて見えなくなるまで見送った。
水族館で初めて会った日の事を思い出して、知らずに口角が上がる。
とんでもない五歳児っ!は…やっぱり司の甥っ子だった。
司だろうがその甥っ子だろうが、今更 彼女を譲る気などさらさらないが、
牧野という女性に惹かれるのは、その血なのか?……ぁ…違うな…俺もか……
……牧野……あんたは凄いよ…
星空に溶けて行く機体をほんの少し寂しそうに見送る牧野に、楓維との約束通りちゃんと俺の気持ちを伝えよう。
……だから……笑って、ね
「ねぇ牧野…」
「ん?」
「俺は、牧野が大好きだよ。俺を牧野の彼氏にして?」
「………類?」
「俺、今日 誕生日だし?」
***
結局、一週間くらいで戻ると言っていた椿ねぇちゃんは単身だった為 仕事が増え、
各地での滞在がプラス一週間に。
楓維を真ん中に、幻想的な夕焼けと綺麗な一番星を記憶に焼き付けたオートキャンプから帰って来た、次の日の連絡だった。
仕事の延長が告げられた時のどこか寂しげな後ろ姿が、
遥か昔の幼かった俺達を見ている様で身体の真ん中が少し苦しかった。
……まぁ、あざとい五歳児は牧野との時間が増えた事に考えが至った様で、瞬時に立ち直ったみたいだったけど…
『つくしちゃんと類君の言う事ちゃんと聞くのよ、迷惑かけちゃダメよっ!』
「判ってるよ ママ!良い子で待ってる」
……ふん、良い子なら牧野の家じゃなくて、道明寺家に世話になれよっ!
まぁ、俺の滞在も一週間延びたから結果オーライだったけどさ…
*
滞在が延びた一週間は思わぬ来客があったりしたが、俺様五歳児が言う処の『……こんなの…』な生活を楽しんだ。
何処から聞き付けて来たのか?総二郎とあきらが訪ねて来た時は、牧野と俺よりも楓維の方が吃驚したみたいだった。
ピン ポ~ン♪
「はーい♪楓維くん出られる?」
「うん、任せろ!」
「お願いね♪」
「はーい」
牧野のお願いには、そんな風に可愛く返事をするもんだから、彼女ウケが頗る良かった。
どんだけ表と裏の差が激しいか、いつか…暴露してやるっ!と五歳児相手に年甲斐も無く何度も思ったっけ……
バタンッ!!!
「つ、つくしっ!チャラくて変な奴が二人来たっ💦💦」
「は?」
「何か……ヤバいよ……」
「え?る、類…お願い…」
「はいはい」
玄関を開ければよく見知ったチャラくて変な二人、思わず吹き出してしまっていた。
その二人を連れて部屋に戻り、司の友達だと言った時の嫌そうな顔が、司によく似ていて再度吹き出した。
あきらと総二郎は兄弟がいるだけあって五歳児の扱いが上手く、二人に弄り倒された楓維は早い時間に夢の中に旅立って行った。
「……何だよ…生意気な五歳児も寝ると天使だな」
「すげぇデカイな…ネズミーのぬいぐるみ、抱き枕か?」
「あぁ、それ…防御壁だよ…凄いんだ…寝相が……」
「マジか?」
「ネズミー越しに毎晩蹴られてる…」
「一人で寝せりゃいいじゃん、んでお前は牧野と……な?」
「……………………………………………………」
「…沈黙なげぇよ……まだ告ってないのか?」
「何やってんだよ、モタモタしてねぇでさっさと告れって!」
「…五月蝿い」
二人が帰り際に言い残していった言葉を思い出す。
『もう色々時効だろ、マジでさっさとしねぇと五歳児にロスまで連れて行かれちまうぞ?』
『道明寺の血、甘くみんなよ』
二人なりの少し乱暴なエールだった。
*
近所のスーパーへの買い物も、毎日の掃除や洗濯も、食事の準備も楓維にとっては別世界でのゲームみたいなモノだったのかもしれない。
……格好良く言えば、経験を積んだ…的な?
お泊まり初日からの銭湯通いはその後も続き、世話焼きじいちゃんズのあしらいも上手くなり、風呂上がりのジュースを奢られたりした。
バスタオル一丁で腰に手をあて、風呂上がりの至福の一杯。
じいちゃんズの拍手喝采を真に受けた楓維は満面の笑み、俺は…恥ずかしかった。
そうそう、急にばた足の練習を始めた楓維を壁一枚挟んだ女湯から牧野が怒る…なんて事もあったっけ。
あれだけ広けりゃ泳ぎたくもなるさ…、気持ちは判る…並んでばた足しなくて良かったよ…危なく一緒に怒られるところだった。
三十日の昼過ぎに都内に戻り、夕方にはロスに出発するとの椿ねぇちゃんから連絡が来たのは、日曜日の昼下がり。
牧野の狭いアパートの中、彼方此方に散らばっていた二週間あまりの思い出を拾い集め、荷造りしようとする姿が妙に小さく見えた午後だった。
銭湯最後の夜、じいちゃんズとの他愛もない会話のやり取りが終わり、頭の上にタオルを乗せ二人並んで肩まで湯に浸かった時、
壁に描かれた富士山を睨み付けた楓維が話し掛けて来た。
「あんたさ」
「………類だよ」
「類は、つくしと結婚とか、するの?」
「……そのつもりだけど?」
「ふ~ん……でも、彼氏じゃないよね?」
「………………」
「もしかしたらさ…告るって言うのもしてないんじゃないの?」
「………………」
「やっぱりなぁ~」
「……ふん…今からっ!って時に邪魔が入ったからね、水族館で」
「……ぁ…デートだったんだ」
「まぁね💢」
「こっちに来る少し前、司叔父様に会ったんだ」
「……司 元気?」
「何時も忙しそうにしてる」
「…そっか」
楓維はその時の事をポツポツと話してくれた。
司のスマホの中の写真を偶然見た事、
写真の司と友達、女の子の笑顔が素敵だった事、
それを見る司の笑顔と目がとても優しかった事、初めて感じる司の柔らかい雰囲気に驚いた事。
『特別』と言う言葉と『類』と言う言葉が記憶に残った事。
「……司叔父様、悔しそうだった」
「……………」
「何があったの?」
「……司には?訊いた?」
「……………」
「……それはさ…司に訊きな」
「楓維がもっと大きくなったら、司に訊きな」
「…………」
楓維は、司に良く似たその瞳をきつく閉じ湯船に潜り視界から消えたが、
次に飛び出して来た時は、いつもの俺様五歳児に戻っていた。
「……ちゃんと、つくしに告れよ」
「ん、邪魔すんなよ」
「プロポーズもしろよ」
「ん、それも邪魔すんなよ」
「つくしを泣かせるなよ」
「あり得ないし」
「泣かせたら、俺が許さないからなっ!」
「ん」
「男と男の約束だからなっ!」
「…ん」
銭湯の湯船の中、楓維の小さな拳と俺の拳で約束した最後の夜だった。
***
牧野は少しの沈黙の後、小さく息を吐きながら笑った。
「…ふふ、類を私の?」
「うん」
「誕生日なのに逆?じゃない?…」
「……そう?」
「類は…私の彼氏でいいの?」
「ん」
「ねぇ類」
「ん?」
「私を類の彼女にして?」
小さく息をすった後の彼女からの一言に息を呑んでしまって、返事が一呼吸遅れた。
……あんたは……本当に凄いよ
「……有り難く」
「…ぁ……類…」
「ん?」
「お誕生日 おめでとう」
「うん♪」
おしまい
↓おまけつきです♪
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