Rival amoureux スピンオフ② -聖-
つくしと出会って3年。
僕は8歳、今はエレメンタリースクールに通ってる。
本当ならつくしのいる東京の学校に通いたかったんだけど。
…パパとママに猛反対されて諦めた。
別にパパとママがいなくても使用人さえいれば生活はできるのに。
大人って本当に勝手な生き物だ。
『あー、早く大人になりたいなぁ…』
大人になれば、いつでも好きな時につくしに会いに行ける。
今でも時々電話やスカイプで話したりもするけど、やっぱり直接顔を見たい。
『つくしのこと考えてたら、声聞きたくなっちゃった』
そう思って時計を見ると、時計の針は午後2時を過ぎていた。
『朝の4時じゃ寝てるよね…』
いつだったか、時差も考えずに電話しようとしてママに怒られたことを思い出す。
そして、その次の日、僕の部屋には真新しい時計が1つ増えた。
『いい?これが今の東京の時間よ。
ここと東京じゃ14時間、時差があるの。
どうしてもつくしちゃんとお話がしたければ、楓維が早起きするしかないわね。』
『え?何で?ディナー終わった後なら…』
『あのね、つくしちゃんはお仕事をしてるのよ?
仕事の後、お友達や会社の人と食事に行くことだってあるの。』
『そんなの…っ』
『楓維だって学校の後、お友達と遊びたいでしょう?』
『それは…そうだけど…』
『どうしても話がしたいのならきちんとつくしちゃんの予定を確認して、時間を決めて電話をしなさい。
あなただってチューターの先生との勉強や習い事があるでしょう?
ちゃんと勉強しないとまたグランマに…』
『わ、わかったよっ!
電話はつくしの予定を聞いてからにするからっ!』
…そう約束させられて、早3年。
いろんな邪魔もあったけど、僕とつくしは離れながらにして愛を育んできた…と、思ってた。
そして、ある日のディナーの最中、ママが何かを思い出したかのようにポンッと手を叩いた。
『そうそう!楓維、夏休みになったら日本に行くわよ。』
その言葉に僕は一瞬ポカンとして…ハッと我に返った。
『ほんとにっ!?』
『ええ、本当よ。
まぁ、今回もそんなに長く滞在はできないでしょうけど…』
その後もママがパパと何かを話してたけど、そんなのはどうでもいい。
やっと…やっと、つくしに会える!
この3年、何度日本に行きたいってお願いしても叶わなかった再会の時がようやく訪れた。
もう僕の心はルンルン…なんてものじゃないくらい、喜びが湧き上がっていた。
『本当に嬉しそうだな、楓維。
私も、君の大事なつくしさんに会えるのは楽しみだ。』
『うんっ!パパもきっとつくしのこと、気に入るよ!』
『そんなに素敵な女性なのかい?』
『ええ、そうね。
何てったって、司と類君が奪い合うほどの子だもの。』
『司君まで?ハハッ!それは本当に会うのが楽しみだ。』
それから僕はパパに、つくしがどれだけ魅力的なのかを滔々と語った。
最初はパパも楽しそうに頷いてくれていたんだけど。
『そんなに素敵な女性なのに…司君とはどうして?』
『それは…』
ママが口を開こうとしたのを遮って、僕は大声で叫んだ。
『それはねっ!つくしの運命の相手は僕だからだよっ!』
ママもパパも、それに周りにいた使用人たちも一瞬ポカンとした表情を浮かべた。
まぁ、みんな知らなかったんだろうから無理もないけど。
『え?…椿、それは…』
『きっと、今何を言っても受け入れられないと思うわ。
だから当日までは…』
『確かにそうかもしれないね。
少し悔しいけど、この子は本当に司君によく似ているなぁ…』
その会話の意味を、この時の僕は理解しようとも思わなかった。
大人たちが何を言っても、この気持ちは変わらない。
『ごちそうさまっ!
僕、つくしにメールしてくるっ!』
ガタンっと椅子を鳴らして立ち上がり、僕はダイニングを後にした。
後ろからは『こらっ!お行儀が悪いわよっ!』とママが怒ってるけど気にしない。
日本に行ったら、つくしといっぱいデートしよう!
つくしはどこか行きたい所とか、ないかな?
あー、またネズミーランド行きたいなぁ。
今度は絶対に二人で行ってやる!
類なんかに邪魔はさせないんだからなっ!
つくしとの楽しい時間を思い描くだけで、僕の心は喜びに満ち溢れた。
『あー、早く会いたい…早く夏休みに…』
僕は眠りに就くその瞬間まで、つくしとのデートのことを考えていた。
そんな僕の頭を、ママは優しく撫でてくれる。
『おやすみ、楓維…夢の中でつくしちゃんとデートしていらっしゃい…』
ママの柔かな声音を聞きながら、僕は夢の世界へと旅立つ。
『ふふっ…幸せそうな顔しちゃって…』
『でも本当に大丈夫なのかい?
今回の日本行きは…』
『真実を知ってしまったら、それこそ手が付けられないわよ。
あなたの言う通り、この子は変なところばっかり司にそっくりなんだから…』
『なら、せいぜいその日までは穏やかに過ごしたいね。』
眠る僕の両脇でパパとママが苦笑いを浮かべてたなんて、僕は知らなかった。
そして、待ちに待った夏休み。
今回はパパも一緒に日本に行く。
あと、何故か司叔父様まで。
二人とも忙しいはずなのにどうして?とは思ったけど、そんなことはどうでもいい。
とにかく、早くつくしに会いたかった。
なのに、着いた先はホテル。
『ねぇ、ママ。僕、つくしの所に行きたい。』
『大丈夫よ、つくしちゃんもこのホテルにいるから。』
『え?そうなの?どこ?』
『んー、まだ準備中じゃないかしら?
とりあえず私たちも支度しましょ。』
ママの言ってることがいまいちよくわからない。
でも久々の再会に正装も悪くないかと思い直して、用意されていた服に着替えた。
『ねぇ、ママ…つくしはどこ?』
パパとママに連れられ、キョロキョロしながら広い廊下を進むと。
『…え?』
見えてきたのは、色とりどりの花の飾られた大きな扉。
そしてその横にあったウェルカムボードには【Happy wedding】の文字。
え…ちょっと待って。
これってどういうこと?
『ちょっ…ママっ!これって…』
『今日はね、類君とつくしちゃんの結婚式なのよ。』
『そんなの、聞いてないよっ!』
『そうね、あなたには言ってなかったものね。』
『な、何でっ…』
何で?どうして?
確かに、3年前、類に『ちゃんとプロポーズしろよ』って言ったけど、その後何も言ってなかったじゃん。
あの時、類はつくしと結婚するつもりだって言ってたけど、つくしからは何も聞いてない。
告白されたことも、プロポーズされたことも、つくしは言ってなかった。
だから、その気持ちは類の勝手な思い込みで、つくしにその気はないんだって思ってた。
『…嫌だっ!』
咄嗟に僕はママの手を振り解き、その場から走って逃げた。
そんなことをしてもしかたないって、頭では解ってる。
でも急にそんなことを言われても、受け入れられるはずがない。
ただ、今はあの場から一歩でも遠ざかりたくて、必死になって走った。
と、その時。
ドンっ!
何かにぶつかった衝撃で、僕は尻もちをついた。
『…痛っ!』
思わず叫んで、尻もちをついたまま前に立つ人を睨むように見上げると。
「楓維君?」
耳馴染みのある、柔らかな声音が僕を呼ぶ。
そこに立っていたのは、純白のドレスを着たつくし。
『あ…』
「大丈夫っ?怪我しなかった?」
慌てて僕に手を差し伸べるつくしは、3年前に会った時とは別人みたい。
化粧やドレスのせいだけじゃなく、何て言っていいのかわかんないけど、とにかく綺麗で。
『つくし…』
「楓維君も来てくれたんだね、嬉し…」
『…つくしっ!僕と一緒に行こうっ!』
繋いだ手をギュッと握り、その場から走り去ろうとした…んだけど。
『…てめぇ!』
いきなりグイっと首根っこを掴まれ、僕は宙づりに。
『…邪魔すんな、って言ったよね?』
聞き覚えのある声、そして。
『ませたガキだなぁ。』
『ますます司そっくりじゃん。』
クックッと笑うこっちも、聞いたことのある声。
『な、何だよっ!離せっ!』
『あ?てめぇ、自分が何しようとしたか、わかってんのか?』
『そんなの、司叔父様には関係ないだろっ!
つくしは僕と結婚するんだっ!だから…っ』
ジタバタと暴れる僕を掴んでいた手がパッと離れ、また僕は尻もちをつく。
今度はさっきよりも衝撃が強くて、すぐに立ち上がることができなかった。
でも何とか声の主の方へと向き直り、キッと睨みつける。
『僕、聞いてないっ!つくしが類と結婚するなんてっ!』
『何で、てめぇに報告する義務があんだよ?
てめぇがそんなだから、今日まで教えてもらえなかったんだろーがっ!』
僕に凄む司叔父様の後ろで、類が心配そうにつくしに寄り添う。
そんな類も、真っ白なタキシード姿で。
――あぁ、本当にこの二人は結婚するんだ
改めて突き付けられた現実に、目の前がグニャリと歪んだ。
泣いてたまるか!と目をギュッと瞑ると、その直後、優しい感触が僕を包む。
「ごめんね、楓維君。
もう知ってるのかと思って、ちゃんと言わなかったあたしが悪い…」
「別に、つくしのせいじゃないでしょ。」
「でも、あたしがちゃんと伝えていれば、楓維君にこんな思いをさせなくて済んだのに…」
僕を抱きしめる腕が少し震えてて、驚いて見上げると、頭上の大きな瞳には今にも零れそうな涙が浮かんでいた。
『つくし…泣かないでよ。』
「でも…」
少し涙声のつくしに、何て言っていいのかわからない。
戸惑う僕の頬にポツンと涙が落ちて、何だか無性に苦しくなった。
『楓維』
不意に声を掛けてきたのは、類。
その声音は僕を咎めるでもなく、あの日と変わらない柔らかさを感じる。
『あんたとの約束、俺はちゃんと守ったよ。
ちゃんと告白もしたし、プロポーズもした。』
『…うん。』
『つくしを泣かせることはしないし、絶対に幸せにするから。』
『…絶対だよ?』
『当たり前。』
そうはっきりと言い切る類に、僕は降参した。
僕はまだ8歳。
つくしにプロポーズできるような大人になるまで、つくしに待っててなんて言えない。
それに、今目の前にいるつくしがこんなに綺麗なのは、たぶん類に愛されてきたから。
『つくし…類と幸せになって。
それが僕への償いってことにしてあげるから。』
「楓維君…ごめんね、ありがとう。」
優しい腕が僕をギュッと抱きしめる。
この腕の温もりを一生忘れない。
「つくし、そろそろ立った方がいいよ…お腹に障るとよくないし。」
「あ、うん…」
類に支えられるようにしてつくしが立ち上がる。
それはエスコート、というには少し過保護な感じがして。
『お腹?』
思わず聞いた僕に、類は悪びれた風もなく。
『ん。子供がいるからね。』
そう言ってつくしに優しく微笑むと、係の人と一緒にどこかへと消えていった。
「んじゃ、俺たちも式場に行くか。」
「だな。あの様子じゃ開式は少し遅れるかもな。」
チャラ男二人が式場の方へと足を向け、その後を司叔父様と並んで歩く。
その時、司叔父様がこっそりと僕に言った。
『おい、さっきの話はぜってぇ誰にも言うなよ。』
『さっきの話?』
『子供のことだよ。
周りがうるせぇから、このことは内輪のモンにしか教えてねぇんだと。』
『それって、よくないことなの?』
『まぁ、俺たちみてぇな立場だといろいろあんだよ。
このことが大っぴらになって困るのは牧野の方だからな。』
大人の事情ってやつだよ、って司叔父様は小さく溜息を吐く。
そうなんだ…ってちょっと納得しかけて、ハッとした。
『え?ってことは、類は…』
思わず足を止めた僕に、チャラ男の二人がニヤリと笑う。
『お前、司と違って案外敏いな。』
『まぁでも、類も3年待たされたんだし許してやれよ。』
『3年?待たされたの?』
僕が小首を傾げると、司叔父様はさっきよりも深く溜息を吐いた。
『あいつ…類な、告ってすぐプロポーズしたらしいぜ。』
『え?』
『でも、あの頃牧野はまだ学生だったし、卒業しても少し仕事がしたいって言ってよぉ。
ガキがデキなきゃ結婚はまだ先だったかもな。』
『えええ?』
『類も我慢の限界だったんだろうし、牧野にしてもいいきっかけになったんじゃねぇの?』
え?ちょっと待って…?
ってことは、つくしは騙されて…?
『…僕、やっぱりつくしに…』
クルリと踵を返し、二人が消えた方へと走り出そうとした、その時。
『いいんだよ、これはこれで。
その程度のことに流されて結婚するような女じゃねぇよ、あいつは。』
『でも…』
『そーそー。それに、何より花沢の両親が大喜びしてるってさ。
だから、外野は口出し無用なんだよ。』
チャラ男二人が再び式場へと向かって歩き出す。
その背中を何とも言えない気持ちで見つめていると。
『…てめぇとあいつが結婚するなんて未来はねぇんだよ…ババァが生きてる間は、な。』
ポツリと呟いた司叔父様の声が少し寂しそうで。
前に類が言ってた…司叔父様とつくしの過去が何となく解った気がした。
『…そっか。』
だったら僕も、司叔父様と同じように二人を見守っていく。
『絶対…絶対絶対幸せにしろよなっ!』
見えないあいつに大声で叫ぶ。
つくしを泣かせたら絶対に許さないからな!
『うっせぇぞ!さっさと来いっ!』
司叔父様の大きな背中に向かって走り、その勢いのままジャンプして飛び付く。
そんな僕に『こらっ!てめぇ!』と怒号が響いたけど、振り落とすことなんてするわけがない。
『僕も叔父様みたいに大きくなりたいな。』
『あ?なれるだろ。ねぇちゃんもそこそこでけぇしな。』
…背丈だけの話じゃないけどね。
そのことは僕だけの秘密。
その後の結婚式。
僕はパパとママと離れて、一人で新婦側の席の最後列に座った。
ヴァージンロードを歩くつくしはやっぱり綺麗で。
その後ろ姿を見つめながら、彼女の幸せな未来を神様にお願いしたんだ。
おしまい♪
Rendez-vous demain...
↓おまけつきです♪
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