Rival amoureux スピンオフ③ -星香-
類とつくしの結婚式のため、日本を訪れてから数年。
グレードも二桁へと進級した楓維は、課題を終えると大きく伸びをした。
時計に目をやれば、時刻は17時をまわったところ。
夕食までまだ時間があると判ると、購入したまま放り出してあった経済誌を引き寄せる。
この年齢で読むには、少々早い内容のそれ。
事実、普段は『そろそろ読むようにしないと』と言われているというのに、滅多なことでは手にはしない代物。
表紙に描かれているのは遂に誕生した、米国初の女性大統領の姿。
その顔の真横あたりに、大きく『花沢物産専務、ロングインタビュー』と書かれていた。
雑誌を手に机からソファに移動すると、目的のページを探して捲る。
真ん中よりやや前より、カラーで掲載されている類の写真。
そこには楓維が知るのと変わらない……
否、以前より精悍さを増した姿がある。
目線が文字を追い、次のページを捲ったところで、その手が止まる。
一瞬の間の後、楓維は持っていたそれをテーブルに放り投げると、ソファに横になった。
そうして惚けていることしばし。
表が賑やかになったと思った途端、ノックもせず部屋の扉が開く。
そんな無作法をするのは、母と、あと一人しかいない。
現れたのは、“”その一人”の方だった。
「楓維! 久しぶりだな!」
「司叔父様。こんにちは」
既に反抗期に入りつつある楓維だが、一応、目上の者に対する礼儀は心得ている。
惚けていた態勢を整えると、軽く頭を下げた。
一方の司はと言えば、そんな楓維の心遣いを知ってか知らずか、“勝手知ったる”とばかりに楓維の隣に腰を下ろす。
「少しはデカくなったか?」
「少しどころじゃないよ。結構伸びた」
「そうか? ま、良かったな。………ん……?」
ローテーブルに放り出されたままの経済誌。
少年の部屋には目にしたことのないそれを手にした司は、先ほどの楓維と同じページを捲る。
対談形式になっている記事は、一年ほど前から類を中心として手掛けていたプロジェクトについてが、主たる内容だった。
インタビュアーの質問に、自らの功績を誇張することなく、淡々と質問に解答している。
椅子に浅く腰掛ける姿。
司同様、写真が好きではない類の様子が、掲載された写真の随所に伺える。
だが、次のページを捲ったそこだけは違っていた。
穏やかな笑顔。
これまで司ですら見たこともないような、柔らかな瞳。
『話題が家族のことになった時、ふとその表情が穏やかなものに変わった。
仕事に一切の妥協がなく、一部では“氷の貴公子”とも呼ばれているが、実は愛妻家として有名でもある。
残念ながら奥方は一般女性ということもあり、名前も顔も公表されていない。
『“厚い氷”をも溶かした』と言われるその女性は、一体どのような人物なのだろうか?
興味津々なところではあるが、それは、心で思うだけにしておこう。
そして、そんな彼の今後に、益々目が離せない』
記事の最後は、そんなライトな文章で締めくくられていた。
読み終えた司が大きく息をつく。
「そういや日本に行った時、家に泊まったんだってな」
“誰の”とは言わないその問いに、楓維はこくりと頷く。
「どうだった?」
「……ご飯は、美味しかった。今まで食べたことないものばかりだったけど」
「……だな」
「司叔父様、食べたことあるの?」
然程好き嫌いはないが、美食家である司。
驚く楓維に『当たり前だ。俺様を誰だと思っている』と、何とも的外れな言葉が返ってくる。
「…布団一枚は………ちょっと背中が痛かった」
「………ああ………」
つくしの部屋の隣に住んだことを思い出したのだろう。
苦虫を嚙み潰したような顔で『ありゃあ…酷かったな』と呟く。
「でも、つくしがお布団干してくれた時は、気持ちよかった」
「!!」
楓維の『つくし』呼びに、司の眉間に皺が寄りこめかみがピクピク動く。
それに気付かぬ楓維は、膝を抱えるように座り直すと『でさ…』と、言葉を続けた。
「……笑っているんだよ。つくし。……“類”が側に居ると」
「………………」
司の視線が楓維に向く。
楓維は膝を抱えた姿勢で、一点を見据えたまま。
長い沈黙の後、司は一言『そうか』とだけ告げた。
「……司叔父様……」
「なんだ?」
「何があったの? 叔父様と、つくしと……類の間に」
五歳の時には言えなかった問い。
司が一瞬見せた表情は………あの時の類と同じだった。
再びの沈黙。
徐に立ち上がった司は、テラスへと続く扉を開く。
差し込む春の日差し。
その眩しさに薄く目を閉じつつ懐から煙草を取り出すと、それに火をつけた。
部屋の中に入ってくる、煙草特有の香り。
司がゆっくりと、吸い込んだ煙を吐く。
二度、三度と繰り返されるその動作が、いつものそれより深いものであったのは、楓維の気のせいではないだろう。
「……………牧野は、特別だったんだよ」
「…えっ…」
いつかと同じ言葉が、ため息にも似た煙と共に紡がれる。
凝視する楓維。
その視線に促されるかのように、ぽつりぽつりと語り出す。
つくしのこと。
類のこと。
三人の間にあったこと。
それらすべてを黙って聞いていた楓維が、不意に口を開いた。
「……初恋って、実らないものなのかな……?」
「さぁな」
素っ気なくも聞こえる返事には、肯定、否定、どちらの色も見えない。
黙々と、今日何本目か判らぬ煙草に火を付け、煙を吐き出すだけ。
『全ては、自分次第だろ』
窓に寄りかかるようにして立つ司の背中が、そう告げているようにも見える。
すると、楓維の中で“何か”が吹っ切れたように思えた。
勢いよく立ち上がると、司の側へと近付く。
「ねぇ、司叔父様」
「なんだ?」
「俺も煙草、吸ってみたい」
「ん…?」
楓維からのお願いに、何とも複雑そうな表情を見せる。
『姉ちゃんから文句言われる』だの何だのと、もごもごと呟いていたが、最後にはシガレットケースとライターを手渡した。
司らしい、金地に赤の装飾が施されたそれらを、興味津々に眺める楓維。
「一本だけだからな。…………姉ちゃんには内緒だぞ」
「うん。ありがとう」
礼を述べケースを開き、煙草を一本取り出す。
見よう見まねで口にくわえ先端に火を付け、思い切りそれを吸い込んだ。
刹那、喉と肺に感じる異物感。
楓維が大きくむせる。
「馬鹿だな。いきなり肺まで吸い込む奴があるか。……吹かす程度にしとけ」
「……うん……」
ケホケホと咳き込みながら応じると、慣れぬ煙が妙に目に染みて、楓維の視界が少しだけ歪んだ。
そんな楓維の頭を、司がわしゃわしゃと撫でる。
初めての煙草は、何処か切ない味がした。
※米国ビジネスマンは煙草を吸わないと思うのですが…
司はイメージ的に煙草が似合うので、吸わせてみました。
煙草は二十歳になってから
よいコは真似しちゃいけませんよ(^^;)
Rendez-vous demain...
↓おまけつきです♪
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