猫 01

ニャオォーン
猫が鳴いた。
思い返せば、それがドミノ倒しの一コマ目だったのだろう。
鳴き声につられ、お隣の藍田さんから貰った椅子から立ち上がり窓を開け外を見た。藍田さんから貰った椅子は、チャーチチェアと呼ばれる代物で背面に聖書を入れるボックスが付いていてつくしのお気に入りだ。藍田さん宅にお呼ばれした時にその椅子を褒めたら気前良くくれたのだ。恐縮するつくしに、「じゃあ、ムゥに しばらくおやつ上げてやって」と頼まれた。
ムゥと言うのは近所住民で可愛がっている半家猫。半家猫とは?と藍田さんに質問した。色んな家によくいるんだと教えてくれた。行く方々で可愛がられてて色んな所でご飯貰って、色んな人と一緒に微睡んでいるらしい。藍田さんの所には、時折りおやつを食べに来てニャンコ節を披露していたんだと言う。
「ニャンコ節?」思わず目をまん丸にして聞き返せば、
「ニャンニャンニャンってお尻ふりふり鳴くんよ」
藍田さんもお尻を振りながら教えてくれた。
つくしはムゥの元に、藍田さんと一緒に挨拶に行った。おやつを上げると藍田さんの言う通り、お尻ふりふりニャンニャンニャンと3回鳴いた。
それから、時折り窓の下でニャオォーンと鳴いて、おやつを貰って、ニャンコ節をご披露して帰っていくのだ。
窓を開けてを探した。でも……ムゥは見当たらなかった。しばらく夕食の匂い漂う夕空を見ていたが
ピーーー
悲鳴を上げるようにケトルが音を立てたので、慌てて火を止めに窓から離れた。お茶を淹れ部屋の中を見回せば、壁に掛かったスーツが、つくしの目に飛び込んできた。
「うんっ」
決意を込めるかのように握り拳で胸を二つ叩いた。
その夜、つくしは枕元に目覚ましとスマホのアラームを二つ掛け準備万端整えた。なのに……つくしにしては珍しく布団に入っても中々寝付けず何度も何度も寝返りを打った。いつもなら気にならない時計の秒針の音まで気になって気になって、暗闇の中手探りで時計の電池を外し、椅子の背面についたボックスに入れた。
静寂が訪れると共に、つくしにも深い眠りが訪れる。
締め忘れた窓から、餌を求めてたんが入ってくる。ニャー と鳴いても、深い眠りについたつくしは目醒めない。猫はつくしにおやつ頂戴と言うように、もう一度ニャーと鳴いた。それでもつくしは起きない。
猫が飛ぶ。
運が悪い事に……椅子の縁を蹴り上げてひっくり返した。いや、それだけならドスンと大きな音を立て、つくしの眠りを妨げただけだろう。だが無情にも眠るつくしの目元にガツンと直撃した。寝て起きて火花が散ったと言うのは、後々つくしが語った感想だ。
ドミノ倒しは止まらない。火花が散ったつくしは、スマホで灯りを点し何とか起き上がって歩こうとしたら……ボックスに入れていた目覚まし時計が床に落ちていたのだ。普段なら気がついていただろうし、気がつかなかったとしてもどうってことなかっただろう。そう普段なら……火花が散って朦朧としているつくしは、床に転がった目覚まし時計を目一杯踏み潰し
た。グシャリと嫌な音を立てた後、足裏に激痛が走った。
「痛っ」
よろけて壁にかかる何かを掴んだ。
ビリッ
何かが破れる音がして、ダランと垂れ下がった布の一部を手で握りしめていた。
「えっ」
慌てて手を離せば、そのまま体勢を崩し机を倒した。机の上のノートパソコンがガシャンと落ちて、反対側の手から滑り落ちていたスマホの画面を直撃した。これまた運が悪い事に角っこで、ノートパソコンは勿論スマホも画面割れなんてもんじゃなかった。二つともうんともすんとも言わないただの箱になった。
こんな騒ぎになったと言うのに、ムゥは、いつものおやつを見つけて食べてからニャンニャンニャンと3回鳴いて帰っていった。多分いつものようにノリノリにお尻ふりふりしていただろう。そんな鳴き声だった。つくしは「人生ってシュールだ」と漏らした。
痛む目元を抑え、片足を引きずるように立ち上がり、手探りで電気を点けた。酷い有様になっていた。いや、被害の割には大した事になっていなかったと言っていいのだろうか?つくしはこの状況に対する表現をしばし悩んだが……この状況を的確に表現できたとしても何も変わらないと気がつき、とりあえず自分の怪我の手当をする事にした。
「うわっ」
右目がよく開かないと思ったが、驚くほどに腫れていて思わず声が出た。足の方は幸いにも外傷はなかったがどうやら挫いたらしくズキズキと痛む。
「湿布、湿布なかったっけかな うーーーん 進が置いていかなかったけかな〜
救急箱 救急箱っと……」
棚の上の救急箱を取ろうと挫いた足とは反対側で背伸びをした瞬間
グギッ
嫌な音がした。
つくしは足の痛みで踞る。踞った視線の先にスーツの片袖が見えた。つくしの目から涙が一粒ぽたりと落ちた。その一粒が皮切りになって、今まで堪えていた涙がポタポタと落ちていく。
「うんっ」
そう呟いて目を閉じて鼻を啜り上げながら、つくしは泣いた。泣いて泣いて乾涸びてしまうのではないかと思うほどに。
その日つくしは、道明寺HDの最終面接である社長面接に行くのをやめた。
一年後……道明寺司の婚約発表が世間を賑やかした。
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つくしの失敗 第1話 12月3日 00:00~

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★つくしの失敗★ 第1話 12月3日 00:00