紅蓮 112
『あらっ、玲久ちゃん、ウェヌスのエクボがあるのね。くびれたウェストが約束されたようなものね。って、言うことは絢子さんにもあるのね。うーーんいいな。親子二代でスタイルよしで美人なんて。あっ、違うわね。これって遺伝だって言うからもしかして、絢子さんのお母様もあるのかしら?日本人には珍しいのに、本当に羨ましいわ』
その時、浮かんだのが美結様とお揃いねと笑いあった日のこと。それをどこか複雑そうに見ていた母の顔。そして、思い出したんです。父方の祖母とお風呂に入った時に見たものを。そう、祖母の腰にもウェヌスのエクボがあったんです。
もしもの仮定を立てれば____見えてくるものが沢山あったんです。奥方様の私を見ているのに見ていない不思議な視線。それを無表情で見つめる御当主様のお顔。私、母よりも亡くなった父に似ていたんです。父は親友だったご当主様を裏切り、母を裏切り、ご当主様が愛してやまない奥方様と愛し合っていたんです。そこまで考えた時、嘔吐がこみあげてきました。メイドと隣の奥様に玲久をお願いして、私はトイレに駆け込みました。吐いても吐いても込み上げてくる気持ち悪さに私は倒れました。目を覚ませば、ベッドに寝かされいた私を心配そうに覗いていた美結様とどこか私に似た____そして決して、似る筈のない御当主様に似ている玲久の顔。私は玲久を力いっぱい抱きしめたまま、涙を流しました。
次の日、玲久と私のDNA検査を行いました。結果が出るまでの間、神に祈りました。私の大きな勘違いであってくれと……結果、玲久と私の間に血縁関係が認められたんです。
その晩、父となり夫となってくてた彼に全てを話しました。彼は黙って全てを聞いた後に静かに『美結様に会いに行っておいで。君の気がすむまで十分に尽くしておいでよ。玲久と二人で君の帰りを待ってるよ』そう言ってくれたんです。彼は、その時すでに分かっていた筈です。二人の前に戻るには、長い長い年月が必要なことを。
次の朝、玲久と彼と三人で食べたチーズパイは幸せの味がしました。小さな口いっぱいにチーズパイを頬張り
「ママ、ママのチーズパイ本当に美味しいね」
そう言って笑う玲久は、可愛くて可愛くて、彼と手を繋ぎ、涙を堪えました。
二週間だけ……二週間だけ、私は最後の幸せを自分に与えるのを許しました。
毎日がキラキラと輝いていて幸せでした。このまま時が止まってしまえばいい。いいえ、何もかも忘れてしまえばいい。そう何度も思いました。でも……私には、美結様を切り捨てることなど出来なかった。自分が幸せなら幸せなほど、何の罪もない美結様を少しでもお慰めしたかった。
帰国して待っていたのは、完全に気がふれてしまった美結様でした。ただただ涙が溢れました。美結様は、私の顔を見て、私の頭を撫でてくれたんです。あの瞬間を私は決して忘れることはないと思います。
辛いも悲しいも全ての感情から解き離れた美結様は、赤子のように純粋無垢で……時折見せる微笑みは天使のようでした。その笑顔を見る度に、幸せになるために生まれてきたようなお方の筈なのに……なぜ、なぜ、と答えの出ない問いを何度も何度も繰り返しました。
帰国して半年が過ぎた頃、美結様のいる療養所に宗谷家を辞した母が訪ねて参りました。暫く会わずにいた母は、記憶の中の母よりも小さくなっておりました。母は私の顔を哀しそうに、そして愛おしそうに見ながら
『……貴方を巻き込んでしまってごめんなさい』そう言いました。
母と父の間に何があったのかは私にはわかりません。でも私が気づくことなど、母はとうに気がついていた筈なのです。全てを知りながら心を殺し、父の罪を贖罪するかのように宗谷家に仕えてきた母は、私が宗谷家の呪縛から解き放たれる唯一の方法として、宗谷家にとっての禁忌を福音とばかりに、あの時、玲久と彼と私をアメリカに旅立たせたのでしょう。
全てが憶測でしかありません。私の盛大な勘違いなのかもしれません。でも……母は私の培ってきた忠義を踏み躙ることなく、宗谷の柵からは自由にさせると言う選択をしたのでしょう。
道明寺さん、統べる者の貴方にとって、この気持ちは何一つ理解できないものかもしれません。ですが貴方方統べるものが家門を守るのに命を賭すのと同じく、に私共も家門に忠義を捧げているのです。それを棄てることは、生きたまま死ぬのと同じことなのです。
私が今日ここに来たのは、宗谷家の次代の主を正統な主に後継するためでございます。本来ならば、断たなければいけない血筋なのかもしれません……ですが、ですが……どうか、どうか、私目にお力をお貸し下さいませ」
永瀬は真っ直ぐに司を見つめる……
「対価は?」
司の言葉に
「貴方様にとって……そして道明寺家にとって……大事な宝をお返しすることでございます」
波は益々大きくうねる
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