無花果の花は蜜を滴らす 14
「ほらっ、見て見てつくし」
所狭しと並べられた反物があたしの目の前に広がっていく。久しぶりに催される櫻之宮主催のお茶会であたしは、櫻之宮と懇意にしてる家にお披露目されるそうなのだ。万里くんに、正式に行われる婚約発表パーティーの前の顔合わせのようなものだから緊張しなくていいからねと説明されて、刻一刻とその時が近づいていることに恐怖した。
今の状況となんら変わることないのだから大したことはないと、自分に言い聞かせた筈なのに_____心のどこかで、全てが覆るなにかがあるんじゃないかと期待している。覆るわけなどないことを嫌というほどに知っているのにだ。
ならば_____婚約する前に、逃げてしまえばいいと思うのに、パパやママ、進の顔を思い浮かべると、その場に踏みとどまることしかできなくて、へらりと笑う。
瞳子おば様と万里くんが同じ唇の形をしながら、あたしに笑いかけてくる。息が出来なくて頭の中がぼーっとなって、あたしはいつものように笑おうとして、笑う代わりに意識を失ってしまった。
全て全てが夢の中であったならいいのに。ほらっ、もうじきママが「つくし、遅刻するわよ」って起こしに来るよ。ねぇ、そうだよね。
「つくし つくし」
「つくしちゃん つくしちゃん」
ほらっ、あたしを呼んでる。夢から覚めれば、いつもの朝だよね?
目を覚ましたあたしの前には、いつもの風景がひろがっていた。そう、いつもの風景。あたしのお気に入りなど何一つ置かれていないあたしには似合わない部屋。あたしを心配そうに覗き込む二人にはとてもお似合いの部屋。
あたしには、ちっとも似合わないのに、なぜあたしはここに居なければいけないの?
「_____ねぇ___ど___して」
「うんっ? つくし、どうした?」
無意識に声が出ていたのだろう。万里くんがあたしの声を拾い上げ聞いてくる。あたしは、微かに首を振り目を閉じた。
万里くんの指先があたしの目元に触れる。
「いやっ」
拒絶の声と共に、万里くんの手を払い除けていた。
目を開けたあたしに、万里くんの呆然とした顔と、瞳子おば様の驚いた顔が飛び込んできて、あたしはそこから逃げるように再び目を閉じた。
後ろにいた櫻之宮のお抱え医が「つくしお嬢様は、まだ意識が朦朧とされておりますようなので、もう少しこのままになさっていた方が宜しいかと____」そんなことを二人に説明している。流石に、できた人間だと変な事に感心しながら、再び眠った。
陽の光と共に目覚めたあたしを待っていたのは、今にも倒れそうな顔をした瞳子おば様だった。
「つくしちゃん つくしちゃん あぁ 良かった」
瞳子おば様が鈴を鳴らすと隣の部屋に待機していたのか、昨夜とは違う医師が部屋に入ってきてあたしの脈をとったあと、幾つかの受け答えをした。
「昨日させて頂いた血液検査なども異常はございませんでしたし、お疲れがたまられていたのかと_____取り合えず大丈夫かと思いますが、念のため、つくしお嬢様のご気分が落ち着かれましたら、精密検査をするという形で如何でございましょうか」
瞳子おば様はホッとした表情を浮かべ、あたしの手を握りしめながら
「えぇ、そのようにして頂戴な。つくしちゃんもそれでいいかしら?」
聞いてきた。あたしは、こくんと小さく頷いた。
医師は、微笑を浮かべ部屋から出て行った。一時間ほどあと、ノックの音がして執事の鴇田さんが、瞳子おば様に何かを話していた。瞳子おば様は、ベッド脇の椅子に再び腰かけると、心配げに
「つくしちゃん、あのね、万里がお部屋に入ってもいいかって聞いてるのだけど____もう少し落ち着いてからにする?」
会いたくない。でも_____いま拒否すれば、万里くんの束縛はまた前のように強くなる筈だ。あたしは、小さく頭を振り
「呼んで下さって大丈夫です」
「そう?本当に大丈夫? まだ落ち着いてからでいいのよ」
心配そうにしながらも、瞳子おば様は明らかにホッとした表情を浮かべた。瞳子おば様が部屋を出ていくと入れ替わるように、万里くんが部屋に入ってきた。
目の下にクマをつくった万里くんは今にも泣きそうな顔をしながら、さっきまで瞳子おば様が座っていた椅子に腰かけた。万里くんの指先が微かに震えているのが目に入る。震えを止めるためなのか、手を握りしめたあと、あたしの頬に指先を添わせた。あたしがそれを受け止めると、万里くんはホッとした表情を浮かべながら
「お茶会の事、俺、急ぎすぎたよね。ごめん。もう急がないから。_____つくし、お願いだから俺を嫌わないで。俺をつくしの世界から締め出さないで___」
懇願する万里くんが可哀そうになって、何も言わずに、あたしは万里くんの指先に手を重ねた。万里くんはあたしの背中に恐る恐る手をまわし抱きしめる。あたしは黙ってそれを受け入れる。
憐憫だったのだろう______
だって愛する人に愛し返して貰えない辛さをあたしは、誰よりも知っているから。

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所狭しと並べられた反物があたしの目の前に広がっていく。久しぶりに催される櫻之宮主催のお茶会であたしは、櫻之宮と懇意にしてる家にお披露目されるそうなのだ。万里くんに、正式に行われる婚約発表パーティーの前の顔合わせのようなものだから緊張しなくていいからねと説明されて、刻一刻とその時が近づいていることに恐怖した。
今の状況となんら変わることないのだから大したことはないと、自分に言い聞かせた筈なのに_____心のどこかで、全てが覆るなにかがあるんじゃないかと期待している。覆るわけなどないことを嫌というほどに知っているのにだ。
ならば_____婚約する前に、逃げてしまえばいいと思うのに、パパやママ、進の顔を思い浮かべると、その場に踏みとどまることしかできなくて、へらりと笑う。
瞳子おば様と万里くんが同じ唇の形をしながら、あたしに笑いかけてくる。息が出来なくて頭の中がぼーっとなって、あたしはいつものように笑おうとして、笑う代わりに意識を失ってしまった。
全て全てが夢の中であったならいいのに。ほらっ、もうじきママが「つくし、遅刻するわよ」って起こしに来るよ。ねぇ、そうだよね。
「つくし つくし」
「つくしちゃん つくしちゃん」
ほらっ、あたしを呼んでる。夢から覚めれば、いつもの朝だよね?
目を覚ましたあたしの前には、いつもの風景がひろがっていた。そう、いつもの風景。あたしのお気に入りなど何一つ置かれていないあたしには似合わない部屋。あたしを心配そうに覗き込む二人にはとてもお似合いの部屋。
あたしには、ちっとも似合わないのに、なぜあたしはここに居なければいけないの?
「_____ねぇ___ど___して」
「うんっ? つくし、どうした?」
無意識に声が出ていたのだろう。万里くんがあたしの声を拾い上げ聞いてくる。あたしは、微かに首を振り目を閉じた。
万里くんの指先があたしの目元に触れる。
「いやっ」
拒絶の声と共に、万里くんの手を払い除けていた。
目を開けたあたしに、万里くんの呆然とした顔と、瞳子おば様の驚いた顔が飛び込んできて、あたしはそこから逃げるように再び目を閉じた。
後ろにいた櫻之宮のお抱え医が「つくしお嬢様は、まだ意識が朦朧とされておりますようなので、もう少しこのままになさっていた方が宜しいかと____」そんなことを二人に説明している。流石に、できた人間だと変な事に感心しながら、再び眠った。
陽の光と共に目覚めたあたしを待っていたのは、今にも倒れそうな顔をした瞳子おば様だった。
「つくしちゃん つくしちゃん あぁ 良かった」
瞳子おば様が鈴を鳴らすと隣の部屋に待機していたのか、昨夜とは違う医師が部屋に入ってきてあたしの脈をとったあと、幾つかの受け答えをした。
「昨日させて頂いた血液検査なども異常はございませんでしたし、お疲れがたまられていたのかと_____取り合えず大丈夫かと思いますが、念のため、つくしお嬢様のご気分が落ち着かれましたら、精密検査をするという形で如何でございましょうか」
瞳子おば様はホッとした表情を浮かべ、あたしの手を握りしめながら
「えぇ、そのようにして頂戴な。つくしちゃんもそれでいいかしら?」
聞いてきた。あたしは、こくんと小さく頷いた。
医師は、微笑を浮かべ部屋から出て行った。一時間ほどあと、ノックの音がして執事の鴇田さんが、瞳子おば様に何かを話していた。瞳子おば様は、ベッド脇の椅子に再び腰かけると、心配げに
「つくしちゃん、あのね、万里がお部屋に入ってもいいかって聞いてるのだけど____もう少し落ち着いてからにする?」
会いたくない。でも_____いま拒否すれば、万里くんの束縛はまた前のように強くなる筈だ。あたしは、小さく頭を振り
「呼んで下さって大丈夫です」
「そう?本当に大丈夫? まだ落ち着いてからでいいのよ」
心配そうにしながらも、瞳子おば様は明らかにホッとした表情を浮かべた。瞳子おば様が部屋を出ていくと入れ替わるように、万里くんが部屋に入ってきた。
目の下にクマをつくった万里くんは今にも泣きそうな顔をしながら、さっきまで瞳子おば様が座っていた椅子に腰かけた。万里くんの指先が微かに震えているのが目に入る。震えを止めるためなのか、手を握りしめたあと、あたしの頬に指先を添わせた。あたしがそれを受け止めると、万里くんはホッとした表情を浮かべながら
「お茶会の事、俺、急ぎすぎたよね。ごめん。もう急がないから。_____つくし、お願いだから俺を嫌わないで。俺をつくしの世界から締め出さないで___」
懇願する万里くんが可哀そうになって、何も言わずに、あたしは万里くんの指先に手を重ねた。万里くんはあたしの背中に恐る恐る手をまわし抱きしめる。あたしは黙ってそれを受け入れる。
憐憫だったのだろう______
だって愛する人に愛し返して貰えない辛さをあたしは、誰よりも知っているから。
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