無花果の花は蜜を滴らす15
あたしを放さないとばかりに万里くんはあたしを抱きしめて寝る。あたしは夜中、抱きしめられた手から逃げるように寝返りを打つ。そして、彼の何かを思い出して、眠りにつく。思い出すのは様々だ。彼の瞳の色だったり、彼の胸板の厚さだったり、彼の匂いだったり、彼の声だったり。彼のキスだったり。_____彼の全てで心を満たした。
週に一度か二週に一度、桜子と滋さんの協力で遠目から彼を見ることが出来るようになった。彼の姿を覗き見るのは、ほんの一瞬の時間だったけれど、あたしは、その一瞬のために生きていた。どんなに不本意なことがあっても彼を感じることが出来れば笑っていられた。
その日も、桜子と滋さんの協力で遠目から彼を見た。櫻之宮の邸に戻ってからも自然な笑みを浮かべられるくらい幸せだった。
夕餉を終え自室に戻れば、万里くんがあたしを抱きしめ
「この前の話、考えてくれた?」
そう聞いてきた。
「あっ うん」
「今週末、一緒に行ってくれるよね?」
「あっ、うん あっ、でも____」
言い淀むあたしに
「なに? また桜子さんや滋さんと出掛けるの?」
万里くんの剣のある言葉に、あたしは慌てて
「だって……」
「だって、でも、いつもそればっかりだよね?
確かに、俺、急がないって言ったよ。だから、つくしの気持ちを考えて全部先送りしてるつもりだよ。言いたくないけど、本来なら、婚約が整っていていい時期なんだよ? 俺の周りだって口には出さないけど、一度も同席しないつくしのこと変だと思い始めてる。なにも婚約者としてと紹介しようって訳じゃない。同伴者としてくらい、たまには一緒に来てくれてもいいんじゃないかな? つくしには興味のないことかもしれないけど、前に説明した通り、今回は親しくしてる仲間の壮行会だ。つくしがこの先付き合っていく大事な仲間なんだ」
その人達は、あたしの親しい人じゃない。その辺に落ちてる石ころよりもどうでもいいとは言えずに、黙りこめば
「つくしが気後れして会に出にくいんなら、櫻之宮の邸で開こうか?」
万里くんは優しさを装いながら、あたしの逃げ道を潰す。あたしは首を振り
「……上手に立ち回れないけど、それでもいいの?」
お願い断って。あたしは願う。なのに
「いいに決まってるじゃないか。一言も話さなくても、つくしが横にいるだけで充分だよ」
息を弾ませた万里くんの形の良い薄い唇が弧を描き、万里くんの腕があたしを抱きしめた。
いつもならもっと用心深くしていた。何度重ねてもバレていないから大丈夫だと自分に言い訳をして明日という日を乗り切るために、あたしはその日初めて一人で彼を見に行った。
一本先の道路を彼が通りかかるのを待った。銀杏並木を歩く彼の髪がお日様にキラキラと光って幻想的であまりに美しくて、思わずスマホのシャッターをきっていた。そのまま消しててしまえばよかったのに、その画像を私は消すことができなかった。
「あれっ?君ってさ、
よく銀杏並木の側のカフェにいない?」
万里くんの友人同士の集まりで、そう聞かれた。さらっと流して仕舞えばよかったのに
「人違いじゃないかしら?」
そう言ってしまった
「いやっ、アレは絶対、君だよ。なっ、吉岡も一緒に見たよな。可愛い子達だねって話してたんだよ…………ところで、君、見かけない顔だけど、誰の知り合い?」
見られていた。あたしの心臓はバクバクと音を立てている。昨日は?昨日は見てたの?そう確かめたいけど____確かめるわけにもいかずに口籠ってしまえば、他の人と話していた筈の万里くんがあたしの背後から近づいてきた。
「なんの話してるの?」
「な〜んだ、万里のお相手か。ってことは、もしかして、君が噂のつくしちゃんってこと? へぇ 俺、剣崎。で、こっちがさっき言ってた吉岡」
「さっき?さっきってなに?」
「あぁ、前にさ何度か見かけてね、可愛いねって吉岡と言ってたんだよ。そしたら万里のお相手だったって話だよ」
「見かけた?」
「あぁ 可愛い女の子三人で居てさぁ、目立ってたんだよ。って、万里、そんなに睨むなよ。可愛いって思って見るくらい良いだろうよ」
「ダメ つくしが減る」
「あははっ、折角連れて来たと思ったらコレだ。つくしちゃんも大変だよね~。つくしちゃん、気晴らししたくなったら俺らを誘ってよ。って、万里、冗談だよ、冗談。そんなに真剣に睨むなよ」
_____もしも彼を見れなくなったらと考えると怖くて、怖くて、万里くんの瞳を見て手を握る。万里くんは、微笑みながらあたしの手を強く握った。
「おぉ、二人の世界って奴か。あははっ、色々な噂が流れてたから心配してたけど、上手いこといってるのな。ってか、こんな可愛い彼女いいよなー」
その場は、それで収まった。
なのに_______その夜
「ねぇ、つくし、あいつらとどこで会ったの?」
あたしは、押し黙る。

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週に一度か二週に一度、桜子と滋さんの協力で遠目から彼を見ることが出来るようになった。彼の姿を覗き見るのは、ほんの一瞬の時間だったけれど、あたしは、その一瞬のために生きていた。どんなに不本意なことがあっても彼を感じることが出来れば笑っていられた。
その日も、桜子と滋さんの協力で遠目から彼を見た。櫻之宮の邸に戻ってからも自然な笑みを浮かべられるくらい幸せだった。
夕餉を終え自室に戻れば、万里くんがあたしを抱きしめ
「この前の話、考えてくれた?」
そう聞いてきた。
「あっ うん」
「今週末、一緒に行ってくれるよね?」
「あっ、うん あっ、でも____」
言い淀むあたしに
「なに? また桜子さんや滋さんと出掛けるの?」
万里くんの剣のある言葉に、あたしは慌てて
「だって……」
「だって、でも、いつもそればっかりだよね?
確かに、俺、急がないって言ったよ。だから、つくしの気持ちを考えて全部先送りしてるつもりだよ。言いたくないけど、本来なら、婚約が整っていていい時期なんだよ? 俺の周りだって口には出さないけど、一度も同席しないつくしのこと変だと思い始めてる。なにも婚約者としてと紹介しようって訳じゃない。同伴者としてくらい、たまには一緒に来てくれてもいいんじゃないかな? つくしには興味のないことかもしれないけど、前に説明した通り、今回は親しくしてる仲間の壮行会だ。つくしがこの先付き合っていく大事な仲間なんだ」
その人達は、あたしの親しい人じゃない。その辺に落ちてる石ころよりもどうでもいいとは言えずに、黙りこめば
「つくしが気後れして会に出にくいんなら、櫻之宮の邸で開こうか?」
万里くんは優しさを装いながら、あたしの逃げ道を潰す。あたしは首を振り
「……上手に立ち回れないけど、それでもいいの?」
お願い断って。あたしは願う。なのに
「いいに決まってるじゃないか。一言も話さなくても、つくしが横にいるだけで充分だよ」
息を弾ませた万里くんの形の良い薄い唇が弧を描き、万里くんの腕があたしを抱きしめた。
いつもならもっと用心深くしていた。何度重ねてもバレていないから大丈夫だと自分に言い訳をして明日という日を乗り切るために、あたしはその日初めて一人で彼を見に行った。
一本先の道路を彼が通りかかるのを待った。銀杏並木を歩く彼の髪がお日様にキラキラと光って幻想的であまりに美しくて、思わずスマホのシャッターをきっていた。そのまま消しててしまえばよかったのに、その画像を私は消すことができなかった。
「あれっ?君ってさ、
よく銀杏並木の側のカフェにいない?」
万里くんの友人同士の集まりで、そう聞かれた。さらっと流して仕舞えばよかったのに
「人違いじゃないかしら?」
そう言ってしまった
「いやっ、アレは絶対、君だよ。なっ、吉岡も一緒に見たよな。可愛い子達だねって話してたんだよ…………ところで、君、見かけない顔だけど、誰の知り合い?」
見られていた。あたしの心臓はバクバクと音を立てている。昨日は?昨日は見てたの?そう確かめたいけど____確かめるわけにもいかずに口籠ってしまえば、他の人と話していた筈の万里くんがあたしの背後から近づいてきた。
「なんの話してるの?」
「な〜んだ、万里のお相手か。ってことは、もしかして、君が噂のつくしちゃんってこと? へぇ 俺、剣崎。で、こっちがさっき言ってた吉岡」
「さっき?さっきってなに?」
「あぁ、前にさ何度か見かけてね、可愛いねって吉岡と言ってたんだよ。そしたら万里のお相手だったって話だよ」
「見かけた?」
「あぁ 可愛い女の子三人で居てさぁ、目立ってたんだよ。って、万里、そんなに睨むなよ。可愛いって思って見るくらい良いだろうよ」
「ダメ つくしが減る」
「あははっ、折角連れて来たと思ったらコレだ。つくしちゃんも大変だよね~。つくしちゃん、気晴らししたくなったら俺らを誘ってよ。って、万里、冗談だよ、冗談。そんなに真剣に睨むなよ」
_____もしも彼を見れなくなったらと考えると怖くて、怖くて、万里くんの瞳を見て手を握る。万里くんは、微笑みながらあたしの手を強く握った。
「おぉ、二人の世界って奴か。あははっ、色々な噂が流れてたから心配してたけど、上手いこといってるのな。ってか、こんな可愛い彼女いいよなー」
その場は、それで収まった。
なのに_______その夜
「ねぇ、つくし、あいつらとどこで会ったの?」
あたしは、押し黙る。
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