恋と呼ぶには深すぎて 第七話

「へっ? 美鈴さんと?」
間抜けな切り返しと共に深い安堵が総二郎の中を駆け抜けていく。
「あっ うん。ごめん。総二郎君、焦った? あははっ そりゃぁ焦るよね
ってか、顔色悪かったもんね。本当に牧野さんのことになると人間らしくなるよね」
「へっ? に、に、人間って……俺、元から人間ですよ」
「そう? 最初の頃、うちの店にさ一人で来てた頃の君ってさ、表情のない綺麗なだけの人形みたいだったからさ。頼むものといえば珈琲屋なのに紅茶一択。
何度そのお綺麗な顔に向かってコーヒー飲めやって叫びそうになったことか。うちさぁ、店はさびれてるかもしれないけど、知る人ぞ知る珈琲屋なワケよ。まぁいわゆるコアなファンが多いってやつね。だからといって紅茶がダメってわけじゃないよ。出すからには美味しいものを飲んで頂きたいですしね。でもねーーー紅茶専門店が表通りにあるわけよ。紅茶飲むならあっちでしょ。うち来て毎回紅茶じゃねー。なんにも考えてないってことですよね。なんてこったいだね。美鈴ちゃんに何度愚痴ったことか。まぁ、そのお陰で付き合い出すことになったんで感謝はしてますけどね……って、すっかり話しがそれちゃったんで話を戻すけど
偶然うちの店にオムライスを食べに来た牧野さんと再会してからだよね。総二郎君が活き活きしだしたのって。牧野さんに釣られてコーヒー頼んでオッとした顔になって、ついでに釣られてオムライス頼んで、目見開いてたよね。あの日の勝利感と言ったら。今思い出しても、飯三杯は余裕でいけるな。あの日からだよね、総二郎君の定番メニューが“オムライス&コーヒー”になったのって。
そうそう、お二人が来るのが中途半端な時間なんでオムライス頼む人いないかもしれませんが、“オムライス&コーヒー”うちの人気メニューなんだよね。
牧野さんといる君はさ、実に人間らしい色んな顔見せてくれるよね。笑ったり怒ったり呆れたり、こんな風に焦ったり
老婆心ながら……そうい相手は本当に大事にした方がいいよ」
全てを言い切ったとばかりに、妙に爽やかな笑顔を浮かべたマスターを前に総二郎は、なんとも言えない呆けた顔をしていた。
「マスター 俺、牧野を大切に思ってますよ」
この言葉を聞いた瞬間、マスターは今ここにいない美鈴とフィスト・バンプした。これで心置きなく美鈴と二人でしっぽりと富士に見守られながら……なんて事まで考えを巡らせた瞬間
「でもそれは、マスターが勘繰ってる感情じゃありませんよ」
しっかりはっきり言い切った。
「へっ?」
今度はマスターが呆けた顔をした。
「ご期待に添えなくてすみません? なのかな……
でも、牧野とはこの先もずっと良い友達なんですよ」
「この先も……ずっと?」
「えぇ。この先もずっと」
感情の読めない作り物めいた美しい顔で総二郎は微笑んだ。
総二郎がつくしを探し回る丁度その頃……つくしは美鈴に半ば強引にパーキングエリアに停められていた黒のアルフォードに押し込められる形で乗せられていた。
「あれっ? 美鈴さん」
試飲のワインでほろ酔い気分のつくしが呑気に美鈴に声をかければ美鈴は
「つくしちゃんって、危険意識が低すぎるって西門君に怒られない?」
「ふぅへっ? 美鈴ぅさんなんで知ってるぅんですかぁ?」
ほんのちょっぴり呂律が回らない口調で答えれば
「うふふっ 何を隠そう私、愛の伝道者ですもの」
つくしが笑ってくれる筈だと思い戯言を口にすれば、つくしは瞳をキラキラとさせながら
「やっぱりぃ! なんかこう美鈴さんって、只者じゃないって感じですもんねー! 片頬マスターも美鈴さんの前じゃデレデレのデェレデェレですもんね。
ところで、美鈴さんとマスターっていつ結婚なさるんですか?」
「ゲホッ……」
美鈴が噴き出し
「うわっ それ禁句だから」
運転席から合いの手が入った。
「ふへっ ま、マスター? うひゃ 余計なお節介ごめんな……
あれっ でもマスターの声と違う?」
運転席を覗き込めば
「しゃ、しゃ、社長!! な、な、なにやってんですか」
今回のことの発端になった一ノ瀬が車を走らせていた。
「なにって車運転してるんだけど」
「な、なんで」
「なんでって、まぁ大人の事情ってやつなんだけど……今運転中だから、詳しいことは、あとでいい?」
「大人の事情……」
つくしは一ノ瀬の言葉を反芻するかのように呟く。言葉と共にほろ酔い気分が抜けていく。
つづきは
河杜花さま
恋と呼ぶには深すぎて第八話 12月3日15:00~

柳緑花紅
ありがとうございます
- 関連記事
-
- 恋と呼ぶには深すぎて 第十話
- 恋と呼ぶには深すぎて 第七話
- 恋と呼ぶには深すぎて 第四話
- 恋と呼ぶには深すぎて 第一話
スポンサーサイト