恋と呼ぶには深すぎて 第十話

一ノ瀬がポケットから鍵を出した瞬間、掴まれていた手首から一ノ瀬の手が離れた。コレはチャンスとばか
りに踵を返……せなく、ニッコリと微笑む一ノ瀬に肩を抱かれる形で建物の中に押し込まれた。建物の中は、外観と似合わない練香の微かな香りが漂っていた。
香りと共に……つくし本人も気付かずに押し込めていた心が、一筋の涙と共に言葉となって漏れていく。
「あなたじゃ、あなたじゃない。あたしは、あたしは、西門さんが、西門さんが……いいの……」
つくしが自分の言葉に驚いた次の瞬間、物陰から黒い物体が二つ飛び出してきた。謎の物体×2プラス一ノ瀬の3人が揃って顔の目の前で手を合わせたかと思うと、シンバルモンキーのように拍手をしだした。
「雲水さんと……結衣子ちゃん? ふへっ? なんで?」
つくしのなんで?の声に
「目出度い!」
「やっと、結衣ちゃんと結婚できる」
「素敵 素敵 つくしちゃん本当に素敵!」
てんでばらばらの3人の声が返ってきた。
「いやいやいや答えになってないし」
つくしの小さな呟きと大きな疑問は3人の大きな拍手と満面の笑みで掻き消された。
一方、その頃の総二郎と言えば、10分足らずで着くはずの道のりが……なぜか迂回に迂回を重ねられて倍以
上掛かっているのだった。
そして……誘導棒を持った人間の傍らに何故か見覚えのあるアイテムが目につくように転がっているのだ。
赤色のニット帽
ハンカチ
キーホルダー
携帯カイロ
指先の開いたハンドウォーマー
総二郎は、最初に赤色のニット帽を見つけた瞬間は、暁光だと思った。流石牧野、俺の女だけあって抜かりなしと焦る中でもほくそ笑んだほどだ。
だが……ハンカチ、総二郎のプレゼントしたキーホルダー、携帯カイロと続き、揃いのハンドウォーマーがこれみよがしとばかりに目につくところに置いてあるのが続けば、どんなに鈍くても善意ある誰かが仕組んだことだと気づく。
そもそも総二郎は心の機微に対して聡い男だ。なんせ稀代の色男だ。色恋に関しては百戦錬磨だ。だからこそ……自分の気持ちが恋になる前に、愛になる前に蓋をしたのだ。どんな形であれつくしの側に居たいと、居てほしいと願ったから。
いま現在つくしが信頼を寄せ心を開いているのは、他の誰でもなく己だとの自負が総二郎にはあった。2人の中で恋が始まりそうな瞬間も何度もあった。その度に、恋の終わりが頭をよぎり、幾度も幾度も恋心に蓋をした。
怖かった。つくしが自分を捨てどこかに行ってしまうのが。自分一人が取り残され、それでも愛を乞い続けるのが。ただただ、怖かった。
でも……恋を始めなかったところで、つくしを失う可能性はどこにでもあるのだと総二郎は気がついた。
「それに……サンキュー首謀者」
と片頬の笑みと一緒に呟いた。と共に……冷静さが戻った総二郎は
「待ってろ牧野」
声を出してから誘導棒の指示に従った。
足早につくしの居るであろう建物に向かった。なぜ特定出来たかって? ご丁寧にハンドウォーマーの片割れがブランブランと部屋番号が書かれた立て札にぶら下がっていたからだ。
ドアの前で、呼び鈴を鳴らすべきかそのままドアを開けるべきか迷っているうちに、ガチャリとドアが開けられた。
「美鈴さん、なんで?」
目の前には、先程別れたはずの美鈴がほんの少しだけ不貞腐れた顔で立っていた。
「爺様の呼び出しよ。折角心置きなく2人きりでムフフの夜を過ごせると思ったのに。チッ」
小さく舌打ちした美鈴を見て……総二郎は、はたと思い出した。
「美鈴さん……雲水会長のお孫さんですよ……ね?
どこかで、お見かけしたお顔な訳だ」
「あらお分かりになっちゃいましたね。若宗匠とは一度チラッとお会いしてるからバレるだろうなとは思ってたんですけどね……爺様が、若宗匠とつくしちゃんをくっ付ければ、光ちゃんとの仲を認めるって言うもんだから。竜馬と結衣子ちゃんも巻き込んでみたんですのよ。
あっ、竜馬って言うのは、くだんの件の当人でつくしちゃんのとこの社長ね。
橘グループのお孫さんの結衣子ちゃんはご存知よね?」
総二郎が頷けば
「もう3年くらい前になるのかしら、結衣子ちゃんと若宗匠のご縁談が進んでたのは知ってらっしゃった?
それでね、結衣子ちゃんに頼まれて若宗匠とつくしちゃんの関係を調べたことがあるの。ほらっ、あなた方って友達のようなそうでないような不思議な関係でいらっしゃったでしょ。それでよく一緒に会ってるていう光ちゃんのお店に訪れたの。運命っていうのかしら、光ちゃん私の好みまんまだったのよ。あの片頬だけの笑みと言ったら……
あらっいやだ。またまた脱線。オホホッ
でね、光ちゃん曰く、若宗匠にとってつくしちゃんは逃しちゃいけない相手だって言うのよ。そうそう光ちゃんってあぁ見えてもカリスマ投資家なのね。先見の明って言うのがあるのかしら。
私ね、彼が言うんだから、間違いなく若宗匠には、つくしちゃんが必要だって思ったの。一応、これでも私自身も西門の門人ですし、どうせなら同じ世代に生きる若宗匠の栄華を見たいじゃない。
だからそのままのことを結衣子ちゃんに伝えたの。そしたら結衣子ちゃん、つくしちゃんに会ったって言うのよ。海外の方が大勢いらっしゃった時になんでも事務方さんに結衣子ちゃんにヘルプ依頼があったらしいのよね。その場でなんだか仲良くなったって。
で、私の話を聞いて決心しましたって。その足でお家の方に訴えて、若宗匠のそれまでの素行不良を理由に縁談を無くしたの。
西門の事務方さんも分かってて鉢合わせするようにしたのかしら?中々乙なことするわって感心したわ。
でもね、もっと凄いのはそこからなのよ。つくしちゃんの会社にたまたま立ち寄った結衣子ちゃんと竜馬が恋に落ちたのよ。ただね、竜馬のそれまでの素行が悪かったものだから、橘の方達に嫌われていてね。付き合っていることも、ひた隠しにしていたの。隠してもバレるのが世の常ってやつでね。まぁ大反対よ。
相手が同じ素行が悪い竜馬なら西門の若宗匠でいいんじゃないかとか、親戚筋が色々言い出してね。一旦は立ち消えになっていた縁談が再浮上しそうになったりと色々あったのよ。
で、一ノ瀬、橘の両家と懇意にしている爺様が各方面から相談を受けたらしくてね。爺様、もともとつくしちゃんの事気に入ってるし。全部全部まとめちゃうのに使っちゃおうになったみたいよ。
まぁ ようは若宗匠とつくしちゃんくっつけば全部丸く収まるぞ作戦ってやつね
」
美鈴はニッコリと一つ笑った後、真っ直ぐに総二郎の瞳を見つめ
「後世に名を残す御心はお決まりになられましたでしょうか?お決まりになられたのであれば私ども一丸になり若宗匠の憂いを取り払いましょう」
そう聞いた。総二郎は目を瞑りひとつ頷いた後、真っ直ぐに美鈴を見返し
「私、西門総二郎、大輪の花を咲かせて貴方方にお見せしましょう」
見事に言い切った。
その言葉を待っていたかのように、再びガチャリとドアが開き……泣き笑いを浮かべたつくしが総二郎の前に押し出された。
誰憚る事なく、総二郎はつくしを抱きしめ、つくしもまた誰憚る事なく総二郎の抱擁を受け入れた。
総ちゃんおめでとうーーー
つづきは
河杜花さま
恋と呼ぶには深すぎて第十一話 12月4日15:00~

柳緑花紅
ありがとうございます
- 関連記事
-
- 恋と呼ぶには深すぎて 第十話
- 恋と呼ぶには深すぎて 第七話
- 恋と呼ぶには深すぎて 第四話
- 恋と呼ぶには深すぎて 第一話