愛なんていらないから幕間 つかつく
「今田ちゃん、昨日頼んだ資料は?」
「あっ、はーい」
朝一番で課長に問われ、いつものように今田は机の上を見る。
無い。
今田は綺麗に手入れされた眉毛を少し寄せながら、慌ててノートパソコンを立ち上げた。
「なに、 牧野先輩って本当執念深い。こんな嫌がらせしないで、いつもみたいに印刷までしとっけてよな。ったく、朝から気分悪っ」
ブツブツと呟きながら、フォルダーを確認する。
無い
「えっ なんで あっクレーム処理で出かけて遅くなったから家でやってるとか? 本当牧野先輩トロすぎ」
先ほどより興奮しながら、メールを立ち上げる。
無い。
慌てて自分のスマホを覗き、メールアプリを立ち上げる。
無い
LINEアプリを立ち上げる
無い無い無い
今田は慌てながら牧野の机に向かった。昨日の帰りと変わらず、綺麗に整理整頓され机の上には何も置かれていない。ここで初めて________いつも出社してる筈の牧野がいない事に気がついた。
「なにっ」
「今田ちゃん 資料まだ? あっ その前にいつものコーヒーまだなんだけど」
「あっ はい」
今田は急いで給湯室に向かう。いつもなら、牧野がコーヒーを淹れ終わってる筈なのに____
「あぁー 本当、なにあの女。ったく使えないったら」
ブツブツ言いながら、コーヒーを淹れる。
「あっ、それより_____資料どうしよう
あぁ、もう、なに、あいつのせいよ」
今田が席に戻れば、何故か社長秘書の倉野が牧野の席を片づけていた。倉野は秘書課のホープで、女子社員からは人気の的だ。今田も例外ではなくウキウキする心を隠そうともせず、身体をくねらせながら
「倉野さぁーん、朝早くからどうなさったんですか? なにかお探しですぅかぁ?そこぉって、牧野先輩のお席ですけど、お片付けですぅかぁ?ですぅかぁ?」
倉野は、眉根を寄せながら今田を見た。
「牧野さん、今日付けで退社したんで整理してるんだ」
「えっ? どういうこと?」
倉野の言葉に今田は呆然として、動きが止まった。
それから______今田も末田も定時で帰れなくなった。定時どころか、目いっぱい残業しても仕事が終わらず、毎日課長に怒られる始末だ。牧野の代わりに来た女性は、今田や末田の仕事を手伝うどころか、就業時間ギリギリに資料の不備を指摘するのだ。文句を言っても
「あなた方って、こちらのお仕事何年なさってるの? 資料をきちんと確認していたらこんな計算間違いなんて起こらなくてよ? 今田さんも末田さんも資料作りのエキスパートだってお聞きしてたのに。
えっ?なに? そのお顔。初めに私が確認しろって思っていらっしゃるの? あらぁ、私はモノを売るのが仕事でそのサポートをするのが、営業事務なのよ?
それはそうと、今田さんあなた、随分まずいお茶を淹れるのね? 営業事務の今田さんのお茶は美味しいって評判だったから、凄い楽しみにしてたのにがっかりよ」
美しく塗られたネイルの指先で目の前に置かれたコーヒーカップをつまみ上げ、コーヒーを一口啜って眉を顰めた。
今田は、下を向き唇を噛むしかなかった。
今田は金曜の夜、残った業務を末田に押し付け、学生時代の友人が企画した合コンに参加していた。なんでも、相手側は超がつくほどの優良企業。店のランクだって、いつもに比べて3ランクくらい良いのだ。友人達もいつもの合コンよりもかなり気合が入っている。今田も例に漏れず上から下まで抜かりない。待ち合わせ場所でお互いがお互いを上から下までチェックして、お互いに意地悪そうな笑みを浮かべながら、相手の可愛いを褒めていた。今日の合コン企画をした友人の百合子は、一番最後にやって来て、みんなを一瞥した後、微かに鼻で笑った。
______それでも、一段飛び抜けた容姿を持つ百合子は、他の子よりもいい合コン相手を連れてくるので、蔑ろには出来ないでいる。
とは言え、庇護欲を唆る彼女が殆ど良いところを持っていくのだが___________
「今日の合コンのお相手、道明寺HDの方なんでしょ。小百合ちゃんてば、どこで知り合いになったの?」
今田が聞けば
「たまたま読モ時代のお仕事仲間との飲み会で一緒になる機会があったのよ」
自慢げに百合子が笑った。
相手は高給で知られる道明寺HDの社員だ。それぞれの目が獲物を狙うかの如く爛々と輝いている。
乾杯のあと、自己紹介を順番にしていった。
「ウェルノーバ営業課の今田桃香です。よろしくお願いします。好きなことは休日にピアノを弾くこととお菓子作りです」
とっておきの笑顔で桃香が微笑めば
「へぇ 桃香ちゃんって、ウェルノーバなんだ。なかなかいい中堅どころだよね」
今日一番人気の高橋が興味深げに今田の顔を見た。今田は内心の喜びを隠しながらはにかんで見せた。
「ウェルノーバ? あれ? あぁ、牧野さんって元ウェルノーバの社員だって言ってたもんな。彼女素敵だよな。って、高橋も、もしかして牧野さん狙い?」
「“も”って……もしかして、露木もなワケ? 露木、牧野さんと接点ないよな」
「高橋の方がないだろうよ。俺はたまに秘書室行くからさ」
高橋と露木が話している横で______今田の頭の中で『ハテナ』がいっぱいになっていく
「あの……牧野先輩って現在道明寺HDの社員さんなんですか?」
「先輩って言うことは、桃香ちゃん牧野さんのこと知ってるの?」
「知ってるって言うか、同じ営業部でした」
今田が憮然とした態度で言葉を返しても、目の前の男二人は気づかない。
「へぇ 牧野さんって営業畑の人なんだ。いいこと聞いたな。今度社食であったら話してみよう」
「牧野さん、一人で社食来ることなんてあるんだ。いつも専務と一緒なのかと思ってた」
隣で聞いてた大原が話に入ってくる。
「えっ 専務? あの美形で有名な道明寺司様ですか?な、な、なんでですか?」
「なんでって________専務秘書だからだよ」
「専務……秘書」
「あぁ、彼女が来てから、専務が穏やかになったって有名」
「いきなり専務秘書だから、最初はかなりやっかみかってたけど、牧野さんに任せとけば専務の機嫌が良くなるわ、語学堪能で仕事出来るから、スゲェ評判良いんだよね」
「あぁ、彼女いいよね。牧野さんの淹れてくれたコーヒーめっちゃ美味いんだよ」
テーブルの端にいた植木も話しに割り入ってくる。
「なに植木コーヒーって?」
「社内プレゼンの時に淹れてくれたんだよね」
「なにそれ、スゲェうらやまじゃん」
「だろ? あんな女性が嫁さんだったらいいよな」
「あぁマジいいよな」
男四人が頷いている前の席で、今田はワナワナと震えながら「何よ何よ……」そう呟いていた。

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「あっ、はーい」
朝一番で課長に問われ、いつものように今田は机の上を見る。
無い。
今田は綺麗に手入れされた眉毛を少し寄せながら、慌ててノートパソコンを立ち上げた。
「なに、 牧野先輩って本当執念深い。こんな嫌がらせしないで、いつもみたいに印刷までしとっけてよな。ったく、朝から気分悪っ」
ブツブツと呟きながら、フォルダーを確認する。
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「えっ なんで あっクレーム処理で出かけて遅くなったから家でやってるとか? 本当牧野先輩トロすぎ」
先ほどより興奮しながら、メールを立ち上げる。
無い。
慌てて自分のスマホを覗き、メールアプリを立ち上げる。
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無い無い無い
今田は慌てながら牧野の机に向かった。昨日の帰りと変わらず、綺麗に整理整頓され机の上には何も置かれていない。ここで初めて________いつも出社してる筈の牧野がいない事に気がついた。
「なにっ」
「今田ちゃん 資料まだ? あっ その前にいつものコーヒーまだなんだけど」
「あっ はい」
今田は急いで給湯室に向かう。いつもなら、牧野がコーヒーを淹れ終わってる筈なのに____
「あぁー 本当、なにあの女。ったく使えないったら」
ブツブツ言いながら、コーヒーを淹れる。
「あっ、それより_____資料どうしよう
あぁ、もう、なに、あいつのせいよ」
今田が席に戻れば、何故か社長秘書の倉野が牧野の席を片づけていた。倉野は秘書課のホープで、女子社員からは人気の的だ。今田も例外ではなくウキウキする心を隠そうともせず、身体をくねらせながら
「倉野さぁーん、朝早くからどうなさったんですか? なにかお探しですぅかぁ?そこぉって、牧野先輩のお席ですけど、お片付けですぅかぁ?ですぅかぁ?」
倉野は、眉根を寄せながら今田を見た。
「牧野さん、今日付けで退社したんで整理してるんだ」
「えっ? どういうこと?」
倉野の言葉に今田は呆然として、動きが止まった。
それから______今田も末田も定時で帰れなくなった。定時どころか、目いっぱい残業しても仕事が終わらず、毎日課長に怒られる始末だ。牧野の代わりに来た女性は、今田や末田の仕事を手伝うどころか、就業時間ギリギリに資料の不備を指摘するのだ。文句を言っても
「あなた方って、こちらのお仕事何年なさってるの? 資料をきちんと確認していたらこんな計算間違いなんて起こらなくてよ? 今田さんも末田さんも資料作りのエキスパートだってお聞きしてたのに。
えっ?なに? そのお顔。初めに私が確認しろって思っていらっしゃるの? あらぁ、私はモノを売るのが仕事でそのサポートをするのが、営業事務なのよ?
それはそうと、今田さんあなた、随分まずいお茶を淹れるのね? 営業事務の今田さんのお茶は美味しいって評判だったから、凄い楽しみにしてたのにがっかりよ」
美しく塗られたネイルの指先で目の前に置かれたコーヒーカップをつまみ上げ、コーヒーを一口啜って眉を顰めた。
今田は、下を向き唇を噛むしかなかった。
今田は金曜の夜、残った業務を末田に押し付け、学生時代の友人が企画した合コンに参加していた。なんでも、相手側は超がつくほどの優良企業。店のランクだって、いつもに比べて3ランクくらい良いのだ。友人達もいつもの合コンよりもかなり気合が入っている。今田も例に漏れず上から下まで抜かりない。待ち合わせ場所でお互いがお互いを上から下までチェックして、お互いに意地悪そうな笑みを浮かべながら、相手の可愛いを褒めていた。今日の合コン企画をした友人の百合子は、一番最後にやって来て、みんなを一瞥した後、微かに鼻で笑った。
______それでも、一段飛び抜けた容姿を持つ百合子は、他の子よりもいい合コン相手を連れてくるので、蔑ろには出来ないでいる。
とは言え、庇護欲を唆る彼女が殆ど良いところを持っていくのだが___________
「今日の合コンのお相手、道明寺HDの方なんでしょ。小百合ちゃんてば、どこで知り合いになったの?」
今田が聞けば
「たまたま読モ時代のお仕事仲間との飲み会で一緒になる機会があったのよ」
自慢げに百合子が笑った。
相手は高給で知られる道明寺HDの社員だ。それぞれの目が獲物を狙うかの如く爛々と輝いている。
乾杯のあと、自己紹介を順番にしていった。
「ウェルノーバ営業課の今田桃香です。よろしくお願いします。好きなことは休日にピアノを弾くこととお菓子作りです」
とっておきの笑顔で桃香が微笑めば
「へぇ 桃香ちゃんって、ウェルノーバなんだ。なかなかいい中堅どころだよね」
今日一番人気の高橋が興味深げに今田の顔を見た。今田は内心の喜びを隠しながらはにかんで見せた。
「ウェルノーバ? あれ? あぁ、牧野さんって元ウェルノーバの社員だって言ってたもんな。彼女素敵だよな。って、高橋も、もしかして牧野さん狙い?」
「“も”って……もしかして、露木もなワケ? 露木、牧野さんと接点ないよな」
「高橋の方がないだろうよ。俺はたまに秘書室行くからさ」
高橋と露木が話している横で______今田の頭の中で『ハテナ』がいっぱいになっていく
「あの……牧野先輩って現在道明寺HDの社員さんなんですか?」
「先輩って言うことは、桃香ちゃん牧野さんのこと知ってるの?」
「知ってるって言うか、同じ営業部でした」
今田が憮然とした態度で言葉を返しても、目の前の男二人は気づかない。
「へぇ 牧野さんって営業畑の人なんだ。いいこと聞いたな。今度社食であったら話してみよう」
「牧野さん、一人で社食来ることなんてあるんだ。いつも専務と一緒なのかと思ってた」
隣で聞いてた大原が話に入ってくる。
「えっ 専務? あの美形で有名な道明寺司様ですか?な、な、なんでですか?」
「なんでって________専務秘書だからだよ」
「専務……秘書」
「あぁ、彼女が来てから、専務が穏やかになったって有名」
「いきなり専務秘書だから、最初はかなりやっかみかってたけど、牧野さんに任せとけば専務の機嫌が良くなるわ、語学堪能で仕事出来るから、スゲェ評判良いんだよね」
「あぁ、彼女いいよね。牧野さんの淹れてくれたコーヒーめっちゃ美味いんだよ」
テーブルの端にいた植木も話しに割り入ってくる。
「なに植木コーヒーって?」
「社内プレゼンの時に淹れてくれたんだよね」
「なにそれ、スゲェうらやまじゃん」
「だろ? あんな女性が嫁さんだったらいいよな」
「あぁマジいいよな」
男四人が頷いている前の席で、今田はワナワナと震えながら「何よ何よ……」そう呟いていた。
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